■海外の部 EBU地域 佳作
(シニア・グループ)
「点字を学ぶこと、それは私の命綱」  スペイン イザベル・デ・ロサンジェルス・ロペス・ヴァルディヴィエソ・ロドリゲス (72、女性) 

  私の視覚障害者歴は比較的短いものです。
  1987年2月8日、私は急性緑内障の緊急手術を受けるためマドリ−ドの眼科協会に急搬されました。私の眼圧は60にまでなっていました。術後、視力はほとんど完全に回復しました。近くを見るには弱い眼鏡があれば大丈夫でした。ですから読み書きも、刺しゅうも、洋裁も、その他コミュニティーで頼まれることは何でも、それほど問題なくできました。そういったことをするのはいつもうれしいものなのです。デッサンをしたり油絵を描いたり、ありとあらゆる手工芸を心から楽しんでいるのです。
  しかし最近は、糖尿病が私の健康を害するようになってきて、視力はオイルランプのように徐々に薄暗くなってきました。それにもかかわらず、1年半ほどは視力が戻るのではという望みにすがっていました。というのも、今までも同じようなことが何度かあったからです。でも今回は、今までとは違いました。私は自分の視力が落ちていくことを否定し、私の顔をじっとのぞき込んでいる厳しい現実を受け入れることを拒絶していました。それでもなお、私はたやすく落ち込むことなく、友人と話をしていました。そのうちの一人は子どものころから盲目でした。彼女は私に言いました。「すぐにONCEに相談しなさい。もうこれ以上時間を無駄にしてはいけないわ」。でも私はそうしませんでした。しかし、最後には常識が勝り、私はONCEへの入会を申し込んだのです。その日に祝福を!  彼らは私の状況を見ると、すぐさま入会させてくれました。私はただ、笑って言いました。「私ってそんなに目が悪かったのね!」
  それでも、リハビリに通って白杖(はくじょう)の使い方を教わろうという気になったのは、通りを歩いていた時につまずいて3回転んだ後でした。
  私はコミュニティーの中で、白杖を使う2人目の修道女です。でも私たち2人だけが目の不自由なシスターというわけではないのです。他にも視力を失った人がいるのですが、それを認めずにいるのです。
  私がONCEの会員だということを女子修道院の院長が聞き、点字を学ぶよう励ましてくれました。さらに、昔からの友人の息子さんもそうでした。彼は13歳の時に視力を失っていました。彼はこう言うのです。「点字を学ぶべきだよ。簡単だし、その上、他の人に教えられるようになるよ」
  「教えるですって?」。私は答えました。「いい年をした72歳の私が!?」
  無知なことに私は、点字が中国語と同じくらい難しくて学ぶことなんてできないと思っていたのです。その上、いろんなテクノロジーが使える今日、私の年で点字を学んで何の役に立つだろうとも思っていました。
  しかし偶然というのは、単なる偶然ではなく理由あるものなのです。私が歩行訓練に行った、まさに最初の日、点字の先生と、先生が連れた盲導犬グラディーとばったり会ったのです。私は動物が大好きですから、先生が犬を連れていたことで、先生の授業に出席しようという気になりました。点字が難しすぎて手に負えなくても、全部の単語が分からなくても、少なくともグラディーを可愛がることができると思ったのです。私はわくわくすると同時に、初日の学校に行く子どものように少し怖くもありました。こうして私の点字への挑戦が始まったのです。 
  このエッセーを書くにあたって、私は2カ月、点字の仕組みを学んだにすぎませんが、すっかり点字のとりこになったことを告白します。私の年を考えれば、点字は挑戦であり、この同じ読み書きの体系を使う人とコミュニケーションできる大事な道具なのです。それだけにとどまらず、とてもいい頭の体操にもなりますし、物忘れの防止にとても便利なのです。
  「えっと、誰々の電話番号はなんだったっけ? ああ、そうよ! 点字で書きとめておいたんだったわ!」というふうに。また、誰かが「私の住所を書いておきますね」と申し出てくれるときにも「結構ですよ。自分で点字を使って書きますから」と答えることができるのです。
  実際に文章を読むことができるというのもなんと楽しみなことでしょう。聞くのとは全く違います。というのも、聞いていると心はすぐにどこかへ行って眠くなり、何の話だったか分からなくなるのです。聞いていると飽きてもきます。しかし、点字を使うことで、自己満足の泡ははじけ、障害者だからという言い訳もできなくなります。点字の教室では他の視覚障害者と会い、その人たちの抱える問題や成功話を我がことのように、まるでその人たちが親族であるかのように感じるようになっています。雨が降っていようが寒かろうが気にしません。喜んで学校に行くのです(この年で!)。視力を失ってから、とても消極的になって落ち込んでいたので、もうこんな喜びを手にすることは二度とないだろうと思っていました。今では、盲目であることは社会生活、職業生活、文化的生活において何の障害でもないと分かっています。盲目の修道女でもコミュニティーの役に立つことはできます。視覚障害者も周囲に貢献することができますし、努力すれば、しようと思ったことは何でもできるのです。例えば私の場合、コミュニティーの内規、朝夕のおつとめの賛美歌や祈り、他の信者の祈りを点訳できる程度にまで点字を完ぺきにするつもりです。すでに述べたかも知れませんが、私は聖ヴィンセントポールチャリティー教会の修道女なのです。これらすべてを自分で点字にして手にできた時、祝福された気分に感じることでしょう。今は、読んで聞かせてもらわなければいけない祈りを、自分で読むことができるからです。また、体の具合の悪いシスターや目が悪くて自分で読むのがままならないシスターにお祈りを読んであげることもできます。彼女たちにどの薬を飲むのがいいか言ってあげることもできます。親戚(しんせき)を訪ねるのに、誰かにボタンを押してもらうことなくエレベーターに乗ることもできるのです。
  私はルイ・ブライユが人類に残したすばらしい遺産にいつも感謝しています。そしてONCEにいる優秀なスタッフにも感謝したいと思います。彼らは視覚障害者をはじめ多くの障害者が前に進めるように、自信を持って元気を取り戻すように手助けしてくれるのです。歩行指導をしてくれるヘリオもまた、その点では奇跡を起こしました。よき父のように我慢強く、人間らしい温かさで、私に杖(つえ)の使い方を教えてくれました。歩いていて、どこで脇にそれ、どこでまっすぐ進んだらよいか、その白杖が教えてくれるのを常に頼りにすることができるのです。そしてもちろん、点字の先生にも非常に感謝しています。すばらしい伝道者であり、私の目がもう読むことのできない読み物を私の指先に届けてくれたのですから。
  ありがとう、ルイ・ブライユ。そしてすべての人に、その寛大さに私の感謝をささげます。

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