「私の挑戦」  長野県・岸田正秀

 声には表情がある。声は、健常者が思っているよりもはるかに多くのことを伝えてくれる。私にとっての挑戦は、声の文化をメディアに乗せて伝えることだ。
 1998年の秋、私はNHK-FMの『サタデーHOTリクエスト』という番組に出演した。その時の驚きに満ちた体験が、声に強い興味を持つ決定的なきっかけとなった。当時、その番組にはリスナーがNHKのスタジオを使って10分間のラジオ番組を製作し、全国放送するというコーナーがあった。私が出演したそのコーナーにゲストとして招かれていたのが、声優の國府田(こうだ)マリ子さんだった。國府田さんは、声優のほかにも、ラジオパーソナリティーや歌手として幅広く活躍されている。声優を目指す、あるいは声優のファンを名乗る者なら知らない人はいないといえるほどの方だ。
 國府田さんの声は、番組で直接お会いする前からラジオなどで聞いて知っていた。だが、スタジオでスタッフに挨拶をする声を聞いた時、私は強い衝撃を覚えた。それは、有名人に会えた喜びなどという軽いものではない。声のプロとはこういうものなのだという感動とともに受ける衝撃だった。「おはようございまーす!」といっただけで周りの人を元気にしてしまうような声だった。私はこの時、声には表情があるのだと確信した。
 ところが、インターネットも含めた各種メディアを見ると、声優の声に関する記述は非常に少ない。あったとしても「かわいい声」とか「透明な声」といった簡単なものがほとんどだ。人間の声は、たった一つの単語で表現できるほど単純なものではない。
声質やしゃべり方の特徴とともに、その人の人間性が偽りなく現れるものだ。私がもし國府田さんの声を説明するとしたらこう書く。
  「國府田さんの声は、目のさめるような明るい高音で、聞く人を引き付ける圧倒的な力強さと気品を併せ持っている。」
 視覚障害者は、声というものの奥深さを体験的に知っている。
健常者が相手の表情を見るのと同じように、視覚障害者は声の変化を聞いているのだ。だからこそ私は、高い演技力に裏打ちされたすばらしい声の文化を自分の手で伝えたい。そして、自分はどれほどのことができる人間なのかを知りたい。自分の実力をはっきり確かめるまではあきらめない。
 強度弱視の私がメディアにたずさわるとしたら、最も考えやすいのは活字メディアだ。パソコンが便利になった現在、文章を書くことそのものは健常者と同じようにできる。映像など活字以外のメディアに関わることを考えれば、それだけでも環境はいいといえる。もちろん、取材や参考資料などの問題はあるが、それを解決するのも仕事の一部だ。
  文章を書く手順にも工夫の余地がある。たとえば、私の場合2段階に分けて文章を書いている。 まず、健常者と同じようにWORDなどを使ってほぼ完成の状態まで文章をまとめる。
次にそれを点字にして読み直し、もとのテキストファイルを修正して完成させる。
点字にして読むことによって、パソコンの合成音声ではつかみきれない微妙なニュアンスや言葉の使い方をみることができるのだ。この方法で文章を書くようになって自分の文章をより多角的に分析できるようになった。だが、パソコンは万能であるかのような錯覚に陥っていた時期もあった。
  初めてパソコンを買ったころは、もう点字などいらなくなると思っていた。しかし、それから数年たった今でも、私の部屋には点字の本や資料の大きな山ができている。パソコンにも点字にも長所と短所があるのだ。私は、両者を組み合わせて使うのが最善の方法なのだと考えるようになった。そして世界は広がった。今までとは比べものにならないほど多くの情報を手にすることができるようになった。今なら夢を語ることができる。
  声を文字で伝えるのは難しいが不可能ではない。声の表情を感じ取れる豊かな感性と、それを文章で表現する力を身につけることができれば、新しい活躍の場を切り開けるかもしれない。
私は、大人になってようやく、実現できる可能性が0でない夢を見つけることができた。


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