「私の挑戦」 -- たった一つのテープ --  津市・川村光男

  私は視覚障害者です。これから先ずっと。
 私は今、43才で、病名は網膜色素変性症。自分の目に異常を感じ始めたのは33才ごろからでした。
勤務先の人事異動でのこと、新しい職場での仕事は、私の視力ではこなすことのできない職種でした。以前の仕事は楽しく張り合いもあり、目の不自由さもそれほど感じてはいませんでした。
また、今回の異動では昇進の声も有りましたが残念で、自分の目を恨む始まりでもあり、仕方が無く自分から上司に視力のことを打ち明け、また別の職場への異動となりました。もちろん昇進の話も無くなり、新しい仕事内容は洗浄で、手も足も顔もからだ全体が洗浄液でかぶれ、苦痛な日々でした。
 そんな時、眼鏡をと思い立ち寄った眼科での事、医者から聞かされた言葉は、「あなたの目は進行し、将来失明します。今の仕事は諦め、第二の人生を考えた方が良い」。さすがにショックでした。
しかし、それからもすぐには仕事を諦められず頑張っていましたが、日々視力の低下や視野狭窄を自覚し、悩む毎日でした。 そんな時、九才になる娘が、「父ちゃん足がだるい、マッサージして」と言い、私は「いいよ」と答え、娘のか細い足をさすりながら、「父ちゃんは仕事辞めてマッサージ師になろうかな」と小声で言うと、娘が「そしたら、毎日マッサージしてくれる?」。
その場は何も答えられませんでしたが、これが私の第二の人生のきっかけになったのには間違いありませんでした。その後すぐ仕事を辞め、盲学校への入学を果たしたのは三十八才の時でした。
 私は仕事が好き、野球が好き、ゴルフが好き、テニスが好き、そんな中で知り合った人達が大好きでした。しかし、私の今の視力では仕事を諦め、野球を諦め、ゴルフもテニスもすべて諦めました。私の好きだったものが、私の前から一つ、一つ、また一つと去ってゆき、大好きだった親友までもが一人、一人、また一人と去ってゆきました。本当に淋しい毎日でした。また、盲学校でのマッサージの勉強は難しく、どうして視覚障害者が自分の目を苦しめるような勉強をしなければならないのか、疑問でした。
 ある時、自宅で食事中に娘が私に「父ちゃん、新聞の字は見えるの」と聞き、私は「小さすぎて見えないよ」と答えたところ、翌朝、私が目を覚ますと、私の枕元に一つのカセットテープと1枚のメモが置かれてあり、メモには「お父さんへ、必ずテープ聞いてネ」と書かれ、私は朝食もそこそこにし、テープを聞くと、娘の声で昨日の新聞の内容が吹き込まれてありました。九十分テープいっぱいに。嬉しかった、とても。
このテープは私にとって掛け替えのない宝物です。たった1つのテープだけど。私はこの時、視覚障害と心の障害者にもなっていたような、そんな気がします。
 それから三年、娘からのテープを支えに勉強し、無事国家試験にも受かりました。
今考えると、娘からのテープには、「お父さんが全盲になっても、私はお父さんの目になるヨ」と聞こえてきます。
 現在、私はマッサージ業を第二の人生の始まりとし、開業しており、治療院を訪れる患者様の中にはいろいろな人が来院され、治療師として、人として勉強になり、人に接する事により、自分の人生観も代わりつつあります。以前諦めたゴルフにも挑戦しており、ゴルフへのきっかけを与えてくれたのも患者様でした。私はゴルフボールの行方は見えません。ゴルフを諦めたのもこの理由ですが、患者様との会話の中、私の話を聞いた患者様が、視覚障害者の目となっていただくガイドヘルパーさんで、それなら私があなたの目になるから、もう一度、挑戦してと言われ、始めました。そのお陰で障害者のコンペへの参加、ゴルフ教室への入学を果たし、健常者の人達とのコンペにも参加しており、キャディさんや周りの人達が私の目になってくれてます。治療師になったことで、ガイドヘルパーさんと知り合い、ガイドヘルパーさんのお陰でゴルフ教室を知り、ゴルフ教室の中で健常者の人達とのコンペにも参加でき、嬉しく思います。
 私の人生の節目、節目には、いろいろな人が支えてくれました。今は中学三年になる娘、そして妻、楽しみを与えてくれたガイドヘルパーさん。ゴルフ仲間の人達。私の目になっていただき、ありがとう。
 私は今、自分が以前無くしてきたものが一つ、一つ、また一つと、そして、一人、一人、また一人と、私の人生の支えとなり帰ってきてくれた、そんな気がします。
 視覚障害者になってから新しい人達と知り合いました。もう、無くしません、たった一つの娘からのテープと私を支えてくれる人達を。
  私は視覚障害者です。私はもうすぐ全盲となります。でも、もう心の障害者にはなりません。何があっても、何が起きても。
 これが私の小さな挑戦です。

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