海外の部 EBU地域 ジュニア・グループ 優秀賞
点字と共に歩む人生
アイルランド ジョーダン・マホニー (20歳・男性)  

私の名前はジョーダン・マホニー。私には人々が知らないことがたくさんある。
あなたは私が生まれつきの視覚障害者だと思うかもしれないが、実はそうではない。
私には10歳まで視力があった。
母や姉妹に可愛がられて育ち、すべてに恵まれ、心配事もなかった。
私はとても幸せな子どもだった。
しかしついに、いつかは視力を失う、と告げられた。
私は自分が失明を乗り越えてこられたことが今でも信じがたい。
私が前に進むことを支えてくれたのは、終わることのない人生への期待だ。
いつの日か、視覚障害者にとってより良い世界がやってくると信じている。
私たちが皆、自由になれる世界。
私は自分の人生に何の問題も抱えていない。それどころか、今も人生を楽しんでいる。
視覚障害があろうとなかろうと。
それでもなお、私は人間だ。
それでもなお、私はジョーダンだ。
私が何をできて、何をできないか、人々がどう思おうと構わない。
私は自分の障害を受け入れている。
私が視力を失っても、私が何を恐れていないか、あなたが分かる時が来ると思っている。
しかも私の友人マイケルは視覚障害者だが、障害に自分の人生の邪魔をさせたりはしない。
彼にできるのなら、私にもできるはずだ。
では本題に入ろう。
10歳で、すべてが変わった。
私は点字を学び始めた。
点字は、目で見たり、手で触ったりすることで、本を読めるようにする点の集まりだ。
私は手を使って点を感じることができた。
当時すでにタッチ・タイプは習得していたが、家庭教師のロザリーン先生は、点字を学んだ方が速く読めると主張した。
点字すべてを習得するのに3年しかかからず、その後はすべて順調だった。
それ以来、ずっと点字を使い続けている。
点字は私が人生で最も得意とするものだ。
点字が開いてくれた世界は、終わりのない旅と、自分のみが歩むことのできる道にあふれている。
点字はまた、安らぎを与えてくれる。点字を習わなければ、何も読むことはできなかっただろう。
点字というものが発明されなければ、やはり、読むことはできなかっただろう。
音声が録音された本でなければ、本を読むことはできなかっただろう。
つまり、私は、極めて幸運な人間ということだ。
点字を読めるようになって、私の人生はよりゆたかになった。
読むことのできない世界のどこに私がいるのか、ではなく、
私は読める、そのことが、私を喜びで満たしてくれる。
私は読めることが嬉しい。なぜなら、それが私を生き生きとさせてくれるからだ。
壁などの上に点字が書かれていると、私にはそれが点字だとわかる。
その背後にはストーリーがあることがわかる。
これこそが、私にとっての点字の意味だ。
とても感動的な贈り物なのだ。
長年、たくさんの本を読んできた。
お気に入りの本は、ハリー・ポッター、パーシー・ジャクソン、ヴァンパイア・ダイアリーズ、シャドウハンター骨の街、X−MENだ。
これに関しては、NCBI(アイルランド全国視覚障害者協議会)に感謝しなくてはならない。
NCBIが点字本やオーディオブックを提供してくれたからだ。
しかしそれ以上に重要なのは、私が自分の世界を見つけ、ありのままでいられる機会を、NCBIが与えてくれたことだ。
私は本当に本が好きだ。
みなさんは、私が、点字本がダウンロードできる場合は、大きな点字本ではなく、この新しいテクノロジーを使っていると思うかもしれない。
しかし私はそのような方法をとらない。
まあ、どちらとも言えないが。
私はラップトップに似たデバイスに、点字の本を表示して読んでいる。
しかし郵便ポストに本が届いたら、それを読みたいと思う。
なぜなら手の中の本の感触が好きだからだ。
それほど私は点字を使うことに愛着を感じている。

近年、点字は大きく変化した。
視覚障害者が利用できる点字ノートやテクノロジーが登場している。
Braille Note Touch(点字ディスプレイ)も容易く手に入る。
例えばi-phoneに点字を表示することもできる。
だからこそ点字は重要だ。
それは私たちが使うことのできる言葉。
特別な記号だ。
だからこそ私たちはそれを使うし、必要とする。
だから私は点字が大好きだ。

1つ望むことがあるとすれば、グラフィックやコミックが点字で表示できれば良いということ。
そうすれば視覚障害者も読み取ることができる。
これまでは実現していないが、できるはずだ。
不可能が可能にならない世界など意味がない。
そんな世界は悲しいものだろう。
それは悲しい世界になると思う。
世界は大きな場所で、探検するためにある。
今よりもより良い世界にしなくてはならない。
私には生きるための人生があり、決して無駄にはしない。

自分がかつての自分とは違う人間になったことが信じられない。
墨字を読む視力がある人間から、点字を読む視覚障害者へとなった。
点字はものを見るための視力だ。
視覚障害者としての点字と共にある人生は旅路だと思う。
その旅路はまだ終わらない。たった今始まったばかりだ。