海外の部 EBU地域 シニア・グループ 佳作
点字で正しい手を打つ
クロアチア ダリ―ジョ・アヌシック(33歳・男性)

「必要な鍵を取り、考え続けよ」
ある暑い夏の日、ビーチから視覚障害者用リハビリ合宿所に歩いて戻りながら、私は考えていた。私は松林に沿った舗装された歩道を、海の匂いを感じ、新鮮な空気を吸い込みながら歩いていた。すると、賑やかな旅行客のグループが私の横を通り過ぎた。もしもその中に私の心を読める人がいたとしたら、私の頭の中は、自己啓発の講義で聞いたある文章でいっぱいだったことがわかっただろう。でも、それがわかった人は誰もいなかった、、、。

「困難を拒むな!」
そのほんの数分前、私がタオルをリュックに入れていた時に、ルカというチェスのトーナメントで出会った友人が近づいてきた。先ほどのチェスの試合を振り返って少し話をしたところで、彼は「面白い、ちょっとしたチェスの謎解きをしたいか」と聞いてきた。私が「いいよ」と答えると、彼は白と黒のチェスのコマの位置を示した。私はその局面を理解して、こう聞いた。
「混戦なの?」
「いや。白が手を打って勝つんだ」とルカは言った。
「本当に白が勝てるの?そうは思えないけど、、、」
「いや、勝てるんだ、よく考えてみて」
白杖を持って宿舎に歩いて戻りながら、私は白杖をトントンしたりちょっと横にずらしたりして、そのチェスボードを思い浮かべ、どういう手を打つべきか考えた。最初の2手は正しいと分かったが、3手目が分からずにいた。受付に着いたので、「こんにちは」と声をかけたが、返事はなかった。

「意志あるところに道あり」
宿舎のロビーには誰もいなかった。私はゆっくり受付デスクの後ろに回り、自分の鍵をていねいに探した。私のルームメイトが街に出かける時に、どちらが先に戻るかわからないので、鍵を受付に置いておくことにしていたのだ。そこで、鍵のひとつを手に取り、その3文字の点字を指で確かめた。12番、それが私の鍵だった。

「すべての努力には意味がある、すぐにはっきりした成果が出ないこともあるが」
階段を上がりながら、私は左手の人差し指に揺れているペンダントを気にしていた。そして思いは少し前にさかのぼる。数年前まで、私には白杖は必要なく、ちらっと見ればさっと自分の鍵を見つけることができたのに。でも今は、状況が変わり、鍵を見つけるのは容易くはないが、革新的なやり方で見つけることができた。

私が点字を学び始めたころは、正直とてもつらい気持ちだった。先生は私の早い上達ぶりをほめてくれたが、ゼロから新たに学ばなくてはいけないので、しんどくて落ち込んだ。指を点々の上に走らせて、まるで一年生に戻ったように文字を読んだ。文字を読むのにとても時間がかかり、こんなことをしても無駄なのではないかと思わされた。

オーディオブック(聴く本)や、コンピュータの画面読み上げソフト、携帯電話を使えるようになって、ほっとしてもはや点字は要らないと思った。しかし、生きていく上で、状況によってはそうではなく、やはり点字はとても有益だし、最新の技術よりも効率的なものであると気づいた。

「シンプルかつ実践的であれ、むやみに複雑化するな」
一段一段階段を上っていると、私のスマホが短パンのポケットの中で上下に動き、ももに当たった、まるで私をつついて、こう問いかけているように。
「私のことをどう思っているの?新たな時代に私に組み込まれたすべての知識 
と発見についてどう思うの?」
いいえ、今回あなたは必要ないんだ。あなたは1秒間に何千もの数学的計算ができるマイクロプロセッサを備えているかもしれないが、私にはたった3つの点字だけで十分だった。スクリーンロックを解除し文字認識のアプリを起動するのに時間がかかりすぎる。そのような複雑なことは必要ない。

「確認を怠るな、あわてるな」
すでに安心して、疑うことなく、私はそのドアを開けようと近づいた。12号室、自分の部屋のドアだと思って。あとは鍵を出すのみ。でもその時、まるでLEDが頭の中で光るように、思いがよぎった。これまで何度、正しいと思っていた動作が、実は誤りだったことだろう?ここは本当に自分の部屋のドアなのか?持っている鍵で本当に開けられるのか?そこで、指でドアの表示を確かめた。点字の部屋番号を触って、間違いだとわかった。そこは13号室だった。廊下をもっと進まないと、、。

「不可解な偶然から解決できることもある」
私はやっと自分の部屋に入り、リュックを下した。すぐにベッドにごろっとしたかったのだが、偶然に、テーブルの上に広げてあった点字版の雑誌「チェス」が手に触れた。右手の指で上から下へとたどっていった。「厳選研究」というタイトルを見つけ、ランダムに研究対局5番を選び、白と黒のコマの位置を読み取った。すると信じられないことが! それこそが、まさにルカが教えてくれたのと同じフォーメーションだったのだ!本当にびっくりした。信じられない気持ちと、いい意味のショックが入り混じった気持ちだった。

「辛抱強さは難しいとわかっている」
そこで、解答が載っている部分へとさらに指を動かした。もう少し辛抱強く自分で正解を見つけるべきなのはわかっていたが、決め手となる最後の3手目のさし方を読まずにはいられなかった。それを読んで、私は「あぁ〜!」とつぶやいた。その手はあまりに明白でロジカルな手だった、まるで点字のように。

「勇敢かつクリエイティブでいよう。そうすれば、無欲に他の皆にとっていい手を打てるだろう」
私はベッドに横になって考えた。 点の組み合わせが、自分に関心のある分野での勝ちの組み合わせに導いてくれることが自分にはわかっていた。点字は(2の6乗の)64通りからできている。それはチェス盤のマス目の数と同じだ。それを2で割ると、ゲーム開始時のコマの総数となる。

私は点字を発明したブライユのことを思った。ブライユもチェスを習ったのだろうか?私にはわからないが、彼には論理性と創造性の才能があったに違いない。2列の6つの点だけにすることで、よりわかりやすい表記にしたのだから。彼の独創性のおかげで、視覚障害者個人のためにも全体のためにも、文学、外国語、音楽、チェスをはじめとしたさまざまな分野へのドアを開け、広めることができたのだ。それこそが、正しい手であり、ルイ・ブライユは、私たち皆のために正しい手を打ってくれたのである。