海外の部 EBU地域 最優秀オーツキ賞
夢を抱く少女 カスフィア
オランダ   アネット・アッカーマン(56歳・女性)

ジンバブエの小さな野外病院で熱帯医学の医師として働き始めて6か月が経った頃、私は地元の多くの人々が、私たちの病院にやって来ることができないことに気付いた。そこで近隣の村々に定期的に往診に出かけることにした。ある時、30キロ離れた小さな村を訪れた際、なぜ人々が私たちの病院に来ることができないのかはっきりと理解することができた。

ある人が、私に、生まれたばかりの赤ちゃんを診てほしいと言ったので、私は小屋に行き、子供を診察した。母子ともに健康で、私は人々の強さに驚いた。若い母親はすでに料理をしていた。しかし小屋の片隅にいた5歳に満たないと思われる少女のことがむしろ気になった。母親によると、その少女カスフィアは7歳とのことだった。私はなぜ彼女が、村の小さな学校に通っていないのか尋ねた。学校は大掛かりなものではなかったが、先生は適任者だった。すると母親は、「カスフィアを学校に通わせる必要はない。彼女は視覚障害者だから」と答えた。人見知りの少女を診察すると、視覚障害は生まれつきのもので、治療できないことがわかった。

病院へ戻る道すがら、カスフィアのことが脳裏から離れなかった。生まれつきの視覚障害だとしても、その人に価値がない、学ぶ必要がない、という考えは受け入れがたいものだった。オランダでも視覚障害者の人生は容易いものではない。私の姉妹のアイリスは視覚障害者だ。私は彼女が子供だった時のことを思い出していた。両親は彼女ができるだけ自立できるよう、あらゆる面で励ましていた。アイリスは特別学校に通い、点字を学んだ。両親も忍耐強くアイリスと一緒に読書する練習を重ねた。正直なところ、私はアイリスが両親から特別に構ってもらえることを、しばしば羨んでいた。今となってはそんな自分を恥じているが、両親は私の嫉妬心にも理解を示してくれて、アイリスのお世話に、私も参加できるようにしてくれた。私は特に、手を使って読書することに興味を持った。アイリスと一緒にたくさん練習し、私も指を使って読書ができるようになった。アイリスほど上手ではないが、幼児向けの本なら、難なく読むことができる。こうして一つのアイディアが生まれた。

一年後、私は毎週土曜日に、あの村を訪れ、カスフィアと先生に点字を教えることにした。先生は熱心で、すぐにこのアイディアに賛同してくれた。私は教材の手配をしたが、最初の数週間、カスフィアは戸惑っていた。彼女は自分が何を求められているのか、まったく理解できなかったのだ。それまで何かを求められることはなかったのに、突然見知らぬ二人の大人がやって来て、自分にあれこれ要求してきたのだ。しかし転機が訪れた。カスフィアが毎日学校に通い、友達に溶け込めるよう、先生が配慮してくれたおかげだった。先生の励ましのおかげで、カスフィアは点字の訓練を続け、すぐに目に見える成果が出るようになった。これがカスフィアの向学心をさらに掻き立て、先生も一人で教えることができるようになったため、やがて私が毎週土曜日に会いに行く必要も全くなくなった。それでも、カスフィアが勉学の成果を私に見せたがったので、私は村に通い続けた。カスフィアが学校に通い、読書を習得したことは、大きな変化の始まりだった。彼女は自信を深め、自立できるようになっていった。そんな彼女の変化を見るのが私の楽しみになった。

数年後、私はジンバブエを離れることにした。自分自身の家族を持ちたいと願ったためだが、それにはこの国と素晴らしい人々に別れを告げなければならなかった。出国の直前、アイリスが私を訪ねてきた。彼女はカスフィアに会いたいと言った。もちろん、カスフィアは緊張していた。自分と同じ視覚障害者に会うのはこれが初めてだったのだが、私にはなぜ彼女が緊張しているのか理解できなかった。のちにカスフィアは、自分の点字能力がそれほどでもないことを、アイリスに見抜かれるのが心配だったと、私に語ってくれた。もちろん、カスフィアは長年、幼児向けの本など読んだこともなかったのだ。しかしアイリスは大変感銘を受け、同じような境遇にある二人の魂は強い友情で結ばれた。

二人の友情は今も続いている。カスフィアは現在16歳で、私は今も彼女と連絡を取り合っている。一方、カスフィアとアイリスの絆は更に特別かつ深いものだ。アイリスは離れた国からカスフィアを指導する役割を担っている。カスフィアには夢がある。ジンバブエのすべての視覚障害者の点字教師になることだ。この夢の実現を手助けすることがアイリスの目標になった。そして私は、この二人の素晴らしい女性を誇りに思っている。なんという決意だろう!