海外の部 WBU-NAC地域 シニア・グループ 佳作
「点字と母性」
アメリカ  ジェニファー・スピアーズ(28歳・女性)
 
私の18か月の息子が可能性を花開き続けているように、彼は自分を取り巻く周囲の世界に対して、より好奇心を募らせ、自分の日々の仕事をさかんにやりたがっています。私は、彼が前へ進むばかりではないということを理解する日が来ることを確信しています。例えば、日々の雑用や、学校へ行くこと、宿題をすることなどを頭に入れて。すべての親たちは、こうしたことで子供たちと格闘することでしょう。何人かの私の視覚障害専門の教師たちは、点字の必要性について、私と格闘したものでした。私は一方で、点字を学校で学ぶ機会を与えられた十分に運のいい数少ない人々の一人でしたが、他方で点字よりもテレビという空間に閉じこもり勝ちでした。

 わずかに残された視力といっしょに生まれてきた私は、たとえ結果が頭痛に終わるとしても、自分が生まれ持ったものに執着するという多くの一人でした。私は点字をよく知っている一方で、点字を使うことは、私が視覚障害者であるということを目立たせることになると感じていました。私は、他の人と違っていると思われたくなかったのです。

 高等学校の上級の終り頃、テレビという私の閉じられた空間によって「カラー・パープル」を読むことになったのです―なぜならば、それは点字でも音声形式によっても手に入れることができなかったからです―私が自ら背負い込んだ苦悩などは、たいしたことではないと理解するために。

 日常の雑事よりずっと意義深いとは言え、私のよろこびの数々は、ある日、学校に行くこととほとんどの子供が嫌がる宿題を与えられることにとって代わられてしまったのです。その結果、泣き言が背骨まで突き通したのです:「学校になんて行きたくない!」「どうして宿題なんかやらなくちゃいけないの?」「私は、遊びにいきたいの!」これらはすべて、子供たちが10年もさらに10年も、親たちに繰り返し言い続けた古典的な文句です。

 私は、学校ではほとんどの分野でうまくやっていた―点字を使うことでもうまくやっていた―一方で、私は同じ分野で泣き言も言っていたのです。私の文句というのは、あらゆる場面で、「どうしてCCTVが見られないの?」 とか、「私はコンピューターでタイプを打ちたいの!」といったもので、こうしたセリフは、国中のいたるところで、視覚障害の子供たちの数知れないほど多くの口から、溢れでていたものなのです。

 献身的な親達や先生たちは、子供たちや生徒たちが困難を切り抜けるよう、(理由のあることなら)どんなことでもするでしょう。もしも、あなたがこうした親または教師という立場にあったらば、子供や生徒の生涯における成功を保障することが、その仕事です。このことは、違った子供には違ったアプローチで応ずるべきだということを物語っています。

 まず心に浮かぶ方法は、「簡単な説明」というアプローチです。小さな女の子がお母さんに質問します。「ねぇ、どうして学校へ行かなくちゃならないの?」、そうすると、お母さんは、教育は大事なことよ、なぜなら、もしも教育を受けなければ、仕事をみつけることも、人生を送ることも、ずっと難しくなるから、と説明するでしょう。小さな女の子は、今、学校の目的を理解し、それで答えは十分です。理想的に言えば、それですべての子供を満足させることができるでしょう。しかし、あいにく、それは実態ではありません。

 そうなれば、今度は「厳しい愛情」と言うアプローチというものがあります。この方法はしばしば扱いにくい子供やティーンエイジャーといった強制を必要とする相手に対する答えです。この方法は、特権特別扱いを奪うということも含んでいます。学校に通っている10代の男の子で、必ずしもいい成績でなかった場合、おそらく彼の関心は、宿題よりもフットボールに向けられます。そうした場合、両親は、おそらく彼の成績が良くなるまで、彼をあらゆる教科活動から引き離そうと決意するでしょう。「厳しい愛情」という方法を採用した両親は、子供たちがあとになって感謝してくれるものだと希望し、仮定しています。

  最後に、子供たちが困難の中から人生の教訓を学ばせるようにするという方法があります。この方法は、ティーンエイジャーや大人になったばかりの若者に対して、よく使われますが、時には子供に対しても使われます。典型的な場合、高校でおどけ者を演じている十代の若者や、大学をパーティに参加するだけの場所だと心得ている大学生は、しばしばバカをした数年間を時間の無駄だったと、あとになって気が付くものです。そうした者の何人かは、彼らが軽蔑していた仕事に就くはめになります。また、別の何人かは、家に帰るはめになりますが、そうでなければ、最初から家を出てなどいないのです。よちよち歩きの子供は、困難な方法で学ぶことがあります。両親が熱いストーブにさわってはいけませんと何度も言ったのに、熱いストーブに触った結果、やけどをしてしまうのです。そうすると当然にも、彼らは体験で学んだことから、二度と繰り返して触るようなことは、決してしません。

 大人になって、私は、あることがどうして必要なのかを、なんとも率直な説明を受けたことで、納得させられたことがあります。それは、私に残された視力のことということになりますが、私は残された視力をいつも使うように言われていました。人と違ったように見られたくないというは、点字を使わないという選択肢と結びついていました。このことは、私を「カラー・パープル」に連れ戻しました。当時、点字と音声フォーマットは選択肢になかったことから、私には二つの選択肢がありました:私がほかのだれかが大きな声で本を読んでくれるのを聞くということと、CCTVを使って読むということでした。この本は、とても(主張が)はきりした本なので、バツの悪さの上に心が痛みました。何年も怠惰に時間を無駄にした大学生のように、私は困難な方法から学んだのでした。一篇の小説が本当に私に展望を与えてくれたように、点字は選択肢の一つというものではありませんでした。私は点字を指に当て、そのことを受け容れたのです。

 点字には感謝します。私は今、視覚障害者コロラドセンターの点字指導員で、組織立った毎日の生活を送っています。より個人的なことを言えば、私は息子に寄り添って本を読んであげることもできます。学校を終わったことと点字を学んだこととは、同じではありませんが、一方、この二つは、点字を必要とする人々と共に人生を送ることで一体になるでしょう。私の息子がいつか、私にどうして学校―または算数のような教科―が必要なのかを聞いてくるであろうことに対して、私は将来、どうして私に点字が必要だったかを、私の人生の経験を使って、具体的な対比を使って、答えることができるでしょう。