国内の部 成人の部 佳作
「春の訪れ」
明石市 石井美弥子(49歳)

 私の住む地域では、春の訪れを告げる行事として、お魚の「いかなご」を各家庭で炊く習慣があります。
 佃煮のように醤油やザラメなどを入れて煮汁がなくなる手前までしっかり炊き上げるので、その姿が古クギに似ていることから「いかなごのくぎ煮」または「くぎ煮」と呼ばれます。このくぎ煮は私の数少ない得意料理の中の一つ。
 嫁ぎ先の母よりレシピを受け継ぎました。そのお味と言えば、何杯でもごはんをおかわりしたくなるくらい抜群で、おかずいらずの一品にもなるほどです。
 各家庭によって、レシピやお味は微妙に異なるのですが、義母のレシピは黄金比率となっており、シンプルで覚えやすいものでしたので、視覚障害の私でもできるような気がしていました。
 義母は、くぎ煮を炊いては、友人や親戚に送るなどして、みなさんに喜んでもらっていました。
 そんなくぎ煮を私もつくって学生時代の友人や親せきにもお裾分けしたくなり、炊き方を教わったのが私の毎年の恒例行事の一つで得意料理ともなったのです。
 炊き始めは、もう25年前にもなりますが、その頃はまだ視力が少し残っていたので、炊き上げ状態を目でも確認しながら炊くことができていました。
実は、くぎ煮を上手に炊くためにはいくつかのコツがあるのです。
 そのコツの一つに、さかなを焦がさないように煮汁をギリギリまでなくすように強火で炊き上げて、火を止めて素早く笊にあげる行程があるのですが、この火を止めるタイミングがなかなか難しいのです。
 目で確認ができていた頃は、煮汁の泡がどんどん減っていき、見えなくなるのと匂いの両方でタイミングを見計らって行程を行っていました。
 しかし、正面の視野がほぼなくなり、両目とも端に残る視野であっても動きが分かる程度の見え方では、肝心な煮汁の泡を目で確認することはできません。
 これは私にとっては大問題なことで、春の恒例行事が危ぶまれることとなります。
 火を止めるタイミングがうまくいかないとくぎ煮ではなく、佃煮のようになってしまったり、焦げ付いてしまって、焦げ臭いくぎ煮となってしまうからです。
 失敗を恐れ、炊く事をあきらめるか、これまでの感覚を信じて炊いてみるのか。心に葛藤も生まれます。
 その度に、あきらめそうになりながらも、自分の「炊きたい」の素直な心を失くさないように心がけてきました。
 いざ、感覚を信じてやってみると、これまで以上に音と匂いに集中することができて、煮汁がかなり少なくなってくると、お鍋から聞こえてくる音に変化が起こることに気がつきました。
 煮汁がそこそこ残っている時はグツグツ、ほとんどなくなった時はパチパチと乾燥を感じるような音に変化をします。
 あとは、この音の変化に気づいてから火を止めるまで、どれくらい様子をみるのかで、あの頃のように上手く炊き上げれるかどうかが決まるので、コンロの前でお鍋とにらめっこが続きます。
 音を聞き分け、匂いの変化にも敏感に反応することで、無事に今年も上手く炊き上げることができました。
 この恒例行事の締めくくりは、炊きあがりを味見と称していただくこと。
 家族もすかさず寄ってきて、みんなで味見、すると「うまい!」の言葉が飛び交います。
 「春やな〜、うちのくぎ煮は一番や」そんな言葉も聞こえてきて、私の心はようやく緊張がほぐれ、春の訪れと我が家の味を守り続けれている喜びを感じることができました。
 春はやる気と喜びを運んできてくれる季節なのです。