海外の部 EBU地域 シニア・グループ 佳作
「落ちこぼれ」
スウェーデン ウィリアム・リオンス(90歳・男性)
 私は78歳の時、初めて点字を習い始め、「まさにギネスものだね」と思いました。私は糖尿病で、片眼を失い、もう一方の目もだいぶやられました。ただ、左目は、自分の生活を賄えるだけの視力は残っていました。2年前、
私はスウェーデン視覚障害協会の地方支部に加盟し、クラブに属する視覚障害を持った同僚が点字の本を、両方の手を滑らせ行から行へとページを繰りながら、どのように読んでいくのかを目撃していました。今は、私がそうした技術を身に付けようとしているところです。

 しかし、なぜ私が点字を習わなければならないのでしょう。2年ほど前、私はぺちゃんこになり、朝刊を投げ捨てたあげく、音の出る本の世界を検索して、スウェーデンは概してそうしたものがよく供給されているということを発見したのです。政府によって運営され、財政的に援助された、デイジー版の音声本の公的図書館があるのです。また、たくさんの商業的な音声本があり、アメリカからのオンライン・サービスにもアクセスできます。
 そればかりではなく、ラジオやテレビのサウンドトラックもあります。ルイ・ブライユが点字という素晴らしいシステムの発明を思いついた時、こうしたものは何一つありませんでした。

 では、なぜ、全員が私よりずっと若い人々と席を並べて、ためらいがちに「a」を表わす小さな点の上を人差し指でさぐりあてようとしているのでしょう。
聞き取りはまったく問題がなく、私はそのことをたいへん感謝しています。しかし、常にページを繰る必要のある人には、ある活動的なものが必要なことも事実です。点字が私に活動性を与えてくれるのです。また、点字を習えば習うほど、兄弟愛、姉妹愛といった意識が強まります。私は、世界中の点字読者のコミュニティというものの存在を深く意識するようになりました。それは私が深く尊敬する共同体です。そして今、私はそのコミュニティに参加しているのです。

 ページの一番上の行から一番下の行まで、両の手で軽々となぞっていくことを私は期待していました。しかし、
ことはそのようには運びませんでした。私が最初に発見したことは、私の左右の手は、同じようには働かないということでした。それはまさに2頭立ての馬車のように、一方が思うようになっても、他方は思うようにならないということです。結局、私は右の手に頼ることを諦めなければなりませんでした。右手を使って読むことは出来ますが、そのことが同時に私の脳に不快な思いと不自由な信号を届けてしまうのです。一方、左の手なら、喜んで仕事をしてくれて、喜びと有意義な信号を脳に届けてくれるのです。しばらく経って、私は私にとって一番快適なやり方とは、左手の人差し指と中指の一方、または両方を使うことだということに気づいたのです。私は他の指や右手を使うことも試してみましたが、結局、すべては無駄でした。私は、ブラインドタッチを習ったことのない、スウェーデンでは人差し指がワルツを踊ると揶揄されるような一人だったのです。私は点字使用者の最前線に位置するような立派な人になることは決してないでしょう。私は最後まで落ちこぼれに終るでしょう。
 しかし、パン半分でも無いよりはましだ、とため息をつくのです。

 そしてまた、点字には別のたいへん興味深い使い方があるのです。いろいろなものにラベリングすることです。点字盤と点筆と特別なテープを用意します。右から左へと書いていくことは問題ではなく、私は鏡文字をイメージしながら、頭の体操をしている喜びを感じます。このイメージを描き、私は台所のテーブルに就いて、点字盤の輪郭を感じながら、点筆を打つのです。そして、点字盤を開いて、完璧に仕上がったか、ほとんど完璧に仕上がったかをチェックして、大きな満足感に浸るのです。MOZARTの代わりにMOXARTとあったからと言って、それが何だというのでしょう。

 間もなく、私はすべてのCDと音声本にラベリングをしてしまいました。私のベッドサイドの引き出しの中には点字で分類されたものがすべてしまってあります。点字使用者による強盗に入られたことはありません。少なくとも、現時点では、私流の、私の手で成し遂げたラベルだけがそこにあるのです。
 今では、私が薬局で自分の為の薬を取り上げ、私の左手の人差し指をラベルの上にそっと動かし、自信を持って、多少自慢げに、私が点字使用者としてたいへん特別なクリエイターであることを誰かが気づいてくれることを期待しています。たとえ、序列から言って、落ちこぼれであっても。