海外の部 WBU-AP地域 シニア・グループ 佳作
視覚障害者としての人生における有益な経験や機会
ミャンマー  ティン・モー(44歳・男性)

私は7年前に視力を失いました。私は完全に鬱状態となり、絶望していました。ただただ、苦々しさと悲しさを抱きながら生きていました。
いつも人に頼りたくはなかったので、自分で人生を切り開き、生きていけるような手段を模索していました。おそらく私自身の意志の力もあり、今では人生を楽しめるようになりました。
私は盲人学校に入り、点字を学ぶことができました。点字のおかげで以前修了することのできていなかった大学も卒業することができました。その日が私の大きな人生の転換期でした。私の心はまた希望に充ち溢れました。その幸せな日のことは生涯忘れることはないでしょう。
点字の使用に熟練した後、盲人学校で教員の仕事を得ることができました。私は天にも昇る気持ちでした、私が愛してやまないことをすることができる最善の機会を得たのですから。曇りがちな日々は終わり、太陽が私の人生を照らし始めました。

私の学生は私を信頼し、授業では熱心に勉強してくれます。彼らが難なく試験に合格した時は、歓喜の極みでした。彼らの誇らしげな声を聴き、彼らの有望な未来を思い描きながら、私の心は終わりなき喜びで満たされていました。
私は大学を卒業した日と同じような素晴らしい日々を多く経験しました。私の愛する人と結婚した日、娘や息子が生まれた日など。子供達との大切な時間を楽しんでいます。

2011年には、ジャパンハートと言う団体が主催するマッサージ訓練に参加する機会に恵まれました。他の視覚障害者たちと共に興味深いマッサージのレッスンを学べることに大喜びしました。幸運なことにトレーナーの方たちは忍耐強く手を凝らして教えてくださいました。試験の日やその結果が発表される日には心が躍りました。言葉ではその時の幸福感を表せないほどです。
一度ドイツに旅行に行く幸運にも恵まれました。外国でたくさんの新しい経験を積みました。違う気候や様々な文化を持つ新しい環境に身を置くことは大変楽しいものです。国籍や宗教も異なるのに、ドイツの人たちが示してくれた気高い精神や心の温かさに感謝しています。 これらの幸せな思い出を私は生涯忘れることはないでしょう。

教職の傍ら、必要とする人に自由時間にマッサージ師として奉仕することもあります。彼らのお礼の言葉が私にとってははちみつのように甘く感じられます。仕事から戻る時、子供達の温かい出迎えや妻の優しい笑い声は、私にとってポップス音楽のようなものです。
私は視覚障害の子供達のために小さい学校を開きました。視覚障害者たちの幸せそうな声、寄付をして下さる方々の励ましのお言葉は私の毎日を明るくしてくれます。
マッサージの生徒達が仕事を得、収入を得て独立し家族を支えることができるといういい知らせを聞くたびに私は微笑まずにはいられません。
私の夢のほとんどは現実になりました。私の生涯の目的はできる限り視覚障害者の仲間を助けてあげることです。
まとめますと、視覚障害者として私は生涯を通じて多くの新しい、そして心躍る経験をしました。 人生の教訓もたくさん得ました。 一番いい教訓は、素直な心で懸命に試みるものには成功も近くにあるということです。私たち視覚障害者は私たちの人生をありのままに受け入れ、最善を尽くすべきなのです。 そうすることで成功やいい結果を得ることができます。そんなに苦しまなくていいのです。 幸せや平安と共に人生を歩むことができるのです。

誰もが幸せで平安でありますように。