海外の部 WBU-NAC地域 シニア・グループ 佳作
アン・サリバン的な瞬間
アメリカ    アン・パーソン(63歳・女性)
 私は今まで4年間、点字を教えています。私の生徒は視覚を失った大人で、点字の読み書きを学んでいる人たちです。私はこの仕事がとても好きです、なぜなら多くの興味深い人々に会えること、実際に点字がどんなに大事であるかを現実に見ることができるからです。私の生徒は15歳から80歳で、大部分がその中間の年齢にあたります。

 私の生徒たちが視覚を失ったのは糖尿病や緑内障など様々な理由によるものです。子供がいる人もいれば、いない人もいます。また家族と同居している人もいれば、一人暮らしもいます。しかし、皆に共通することは、点字を学びたがっているということです。なぜなら、皆、点字を学ぶことが自分たちの将来にとても重要だということを理解しているからです。このことは、特に視覚だけでなく聴覚にも障害のある生徒には特に真実です。彼らにとって、視覚を完全に失う前に点字で読むことを習得しておかないと、面と向かっての会話以外、人とのコミュニケーションとることが不可能になってしまいます。

 私が一番感動し、興奮した経験の一つに、「アン・サリバン的な瞬間」があげられます。これは、生徒が学ぶ過程で、点字が一つずつの文字から意味のある単語に移り変わるその瞬間です。私が数か月間生徒に教える間、生徒は声に出して一文字ずつ「T, h, e, c, a, t, r, a, n, u, p, t, h, e, t, r, e, e (ね、こ、が、き、に、の、ぼ、っ、た)」と読み上げます。生徒は、それぞれの文字を読み上げた後で、それらの文字を単語としてつなげるのに一、二分を必要とします。この学習過程のある時期に、生徒は一文字ごとの読み上げをせず直接に、「The cat ran up the tree (ねこがきにのぼった)」と読み上げることができるようになります。これが「アン・サリバン的な瞬間」です。

 私が教師として 初めてこの瞬間を経験した時、私は有頂天になりました。私はこれまで、子供に読みを教えたことも、英語教育の訓練を受けたこともありませんでしたから、この瞬間がどんなに意味深いものかを知らなかったのです。私の生徒は驚きと同時に興奮して、「この一文字ずつが、みんな言葉になっているのね!」と言いました。

 これは私の生徒が単に文字を解読して読み上げる段階を越して、次の段階である頭の中で文字をまとめて単語とし、さらには文章や段落にまとめあげていくことができるようになった瞬間なのです。さらにこれは私の生徒が失った、点と点をつないで意味のある言葉にするという能力を再度得たことを意味するのです。

 私の生徒がすらすらと音読するのを聞いていると、私は自分の頭の中で水しぶきと共に「水、水、水」という柔らかな言葉の響きが聞こえてきます。

 多分私の生徒が経験するこの瞬間は、七歳の視覚と聴覚の2重障害の少女が、それまで遊びだと思っていたことが遊びではなく、知識と理解への扉であったことに気づいたその瞬間ほど衝撃的なものではなかったでしょう。しかし、私の生徒にとっても、その瞬間を「アン・サリバン的な瞬間」と言うに相当する貴重な経験なのです。私の名前もアン(Ann) ですが、私は本当のアン (Annie)・サリバンではありません。私の生徒達は、自分達でこの奇跡をおこしたのです。でも、このすばらしい瞬間を起こす手助けをし、またその瞬間を目の当たりにすることは私の喜びであり、奇跡的な出来事なのです。

 私の生徒の一人で寡黙症と失読症をもつ若者にとっては、この「アン・サリバン的な瞬間」は特別な意味を持ちました。彼は十歳頃に罹った重度の病気で脳に障害を受け、その後しばらくは、教師も両親も医療関係者もが、彼が二度と読み書きができるようになるかどうかを疑うほどでした。ある人が彼に点字を勧めました。そして彼の点字の教師として選ばれたのが、私でした。彼は明晰だったので、「アン・サリバン的な瞬間」は比較的早くにおこり、そしてそれは彼にとってはもっと深い意味を持ったものでした。点を言葉につなげることができたため、障害を受けた脳内の連絡経路が再び連結することにつながったのです。今では彼は、ラップトップを使って読み書きをすることができます。さらには、ラップトップで正確にタイプすることができるうえ、自分のタイプしたものを読み返すこともできます。彼の能力は回復し、再び外の世界とコミュニケートできるようになったのです。

 私の他の生徒達にとっては、こうした瞬間は、この彼のように天地がひっくり返るような経験ではないかもしれませんが、充分に貴重な体験ではあります。小さい頃から活字での情報を浴びせられてきた人にとっては、この瞬間はとても大事なものです。なぜなら、この瞬間は活字が、誰かが音読をする単なる音ではなく、あるいはコンピューターによる合成の音声ではなく、それ以上のものであるということを知らされる瞬間だからです。その瞬間に言葉はもう他人のものではなく、再び自分のものになるのです。頭の中で描く描写は、他人の解釈によるものではなく、自分のものなのです。自分の力で再び読むことができるのです!視覚を失った者が再度得る能力は、彼らにとって大きな勝利なのです。

 私は自分自身の「アン・サリバン的な瞬間」を覚えていません。私は点字での読み書きを小学校一年生の時に習得しました。教えることを通して 、私は将来、視覚障害者や全盲の人が利用できるペーパーレス(紙を媒体としない)点字が広まることを期待しています。さらに安価な点字リーダーの出現が、点字への関心を再度高ませるきっかけになると思います。私は、こうして、より多くの視覚障害者が「アン・サリバン的な瞬間」を体験し、点字を自分たちの読み書きの手段にすることができるようになることを心から嬉しく思います。