海外の部 WBU-AP地域 ジュニア・グループ 佳作
視覚障害があるからこそ得られる有益な体験と機会
オーストラリア  ヴァネッサ・ヴラジコヴィック(19歳・女性)
 この作文のタイトルを目にして、「有益な体験?ま、そんな感じってことよね」とつぶやく人がきっといるでしょう。それは構いません。私がお話しすることに興味がない人もいるでしょうから。でも、「本の内容を表紙だけで判断しないでください」とだけは言わせてください。それから、もう1つ。視覚障害や聴覚障害、あるいは他のどんな種類の障害があるからといって、その人の人生が悲惨なものだなんて思わないでください。そんなことはないのです。私がその生きた証拠です。なぜかというと…。
 生まれてからまだ6か月、赤ん坊だった私がやっと歩き始めたころ、私の家族は、全く予期しなかった出来事に見舞われました。私は、視神経萎縮、つまり視神経がきちんと形成されない状態にある、と診断されたのです。家族や親類にそのような障害の痕跡をうかがわせるものはありませんでしたし、その診断を受けたときの私は健康そのものだったので、いったい何が原因でそんな障害が起こったのだろうと家族は当惑しました。今になってもまだ原因はわかりません。でも、そんなことはどうでもいいと思っています。私には、まだ視力が20%残されていることを含めて、たくさん感謝すべきことがあるのです。また、視神経萎縮があっても、脳には全く影響がなく、教育を受けるにあたって感じる困難が最小限で済んだこともとても幸運でした。4歳の時に点字を学びましたが、そのおかげで、この15年間、できる限り人の手を借りずに生活してきました。
 このことについて詳しく述べるつもりはありませんが、私には聴覚障害もあるということに触れておく必要があるでしょう。それは、私がこれから書こうとしていることの多くは、私が視覚と聴覚の二重障害を持っていることに端を発しており、そのため、私の冒険の多くには、これら2つの要因のうちの1つだけではなく、両方が関連しているからです。私は7歳で聴力を失いました。最初の障害と同じく、原因はわかりませんでした。19歳になった今、私は主なコミュニケーション手段として手話を使っています。ずっとそうしていたわけではなく、14歳から16歳になるまでの間に聴覚障害がどんどん進んだので、オースランと呼ばれるオーストラリア手話を学ぶことになったのです。
 さて、前置きはこのくらいにして、本題に戻りましょう。視覚障害があること、あるいは盲ろう者であること、と言ってもよいでしょう、が、どのようにして、大多数の人々には閉じられている扉を、私に向けて開いてくれたのでしょうか。まず、ワン・ダイレクションに会った時の話をしましょう。
 スターライト子ども基金は、メイク・ア・ウィッシュ・オーストラリアのようなオーストラリアの団体で、あらゆる種類のガンから、命にかかわるものではない私の障害のようなものまで、さまざまな病気や障害を持った19歳までの子どもたちの一生に一度の願いをかなえてくれるというものです。興ざめになってはいけないので、ワン・ダイレクションが現在、バンドとしての活動を休止しているという明白な事実には触れないことにします。2015年の2月、スターライトは、私を飛行機に乗せ、2泊3日のシドニー旅行に連れていってくれました。2人の大親友も一緒で、ずっと私のそばにいてくれました。言いたいことはたくさんあるのですが、一言でいうと、それは忘れられない旅行となりました。私には周囲の物事全てを見たり聞いたりすることはできないかもしれないけれど、現実は途切れなく続くものではなく、その場所で私に見つけられるのを待っているものが何かきっとあるのだ、ということをいつも思い起こさせてくれるものになりました。ほとんど全ての物事には希望の光があり、探す気になりさえすれば、それはきっと見つかるのです。
 ワン・ダイレクションはとってもカッコよくてゴージャスだったのですが、それはさておき、自分の境遇を誇らしく思ったことは、他にも何度もあります。オーストラリアでは毎年、センシズ・オーストラリアやエイブル・オーストラリアなどの団体によって、盲ろう者を対象としたキャンプが行われています。開催場所はまちまちですが、パースかメルボルンで行われることが多いです。2016年にはシドニーでも行われました。キャンプは3日間あるのですが、盲ろう者とその介助者が一同に会して、様々なアウトドア活動を楽しむのにはうってつけの機会です。盲ろう者のコミュニティに参加するのが楽しいと思う理由の一つは、間違いなくこれです。私と同じようなものの考え方をし、しかも、これ以上はありえないと思えるほど、私のことを理解してくれる素晴らしい人たちに出会うことができました。特に、他に聴覚障害者や視覚障害者がいない家庭で育った私にとって、このような人たちと交流できるのは本当に素晴らしい特権です。
 時々、2つの世界の間で居場所を見つけるに苦労することもあります。でも、聞いてもらえますか?私は2つの世界の最高のものを手に入れることができるんです。重要なのは、正しい行いをして、自分に目標を与え、機会が巡ってきたらそれをしっかり掴むことです。目が見えないから、耳が聞こえないからといって、否定的な考えに陥る必要はありません。人は私を見て、「ああ、かわいそうに。きっと辛い生活を送っているんだろうね」というかもしれません。でも、断言できます。あなただって辛いことはあるでしょ?だったら、私の生活がそれよりも辛いということはありません。それは紛れもない真実です。