海外の部 WBU-AP地域 シニア・グループ 佳作
目が見えなくなって得た前向きな経験と機会
香港       フン・カイ・トゥエン(52歳・女性)
 目が見えなくなる以前は、私は自分の仕事のことしか気にしていませんでした。他人との関わりにはほとんど時間を費やしてきませんでした。でも、視力が低下してから、私の世界は広がりました。今では、自分の心で物事を見始めています。
 視覚障碍者団体による野外冒険活動が、困難に打ち勝つよう、私を鍛えてくれました。おかげで高速モーターボートの乗り方や海でのサーフィンを学びました。ウォールクライミングや橋げたからのジャンプなど、様々なことを克服しました。一度は、数十フィートもの高さのポールからジャンプしたこともあります、そしてチームの仲間達に無事地上に引き寄せてもらいました。あの時はもう少しで息が止まりそうでした!これを克服できるなら、視覚障害だって乗り越えられるはずだ、と思いました。仲間達は、私のジャンプの成功を胴上げで祝ってくれました。
 私は、目が見えなくなることで、自分の芸術活動が広がるなんて、思ってもいませんでした。私は、視覚障碍者のドラマのグループに参加し、プロのトレーニングを受けました。劇場の舞台で、妊婦や盲目の点字教師、かわいい小学一年生などの役を演じました。加えて、抽象劇にも出演し、「親父さん」にマッサージをしながら革命ソングを歌う役を演じました。触覚を頼りに、舞台にひかれたガイドひもに触って、舞台上の自分の位置を確かめるということも学びました。目が見えなくなって、視覚以外の感覚をフルに活用し、心で感じて表現することを習得しました。そして、歌のコンテストでいくつもの賞を受賞し、「盲目のアーティスト」と呼ばれるようになりました。広東オペラ「一人デゥエット」では、赤と金色の、刺繍付きのチャイナドレス(旗袍 qi-pao)を着て、高音と低音を歌い分け、手のジェスチャーで二つの役を演じ分けました。目が見えないことで、周囲に気が散ることなく自分の芸の表現に集中できるようになりました。
 目の障碍をどう克服してきたか、メディアを通して伝えてきました。あるラジオ会社主催の「障碍者の夢は叶う」エッセイコンテストに応募しました。そして、私は選ばれて、そのラジオ会社のクルーと日本に行って、ゴールデンラブラドールの盲導犬マーサと出会いました。マーサは、私の日本滞在中、階段の上り下りはもちろん、水たまりを避けたり道を歩いたりするのをガイドしてくれました。私の上半身の高さのものからも私を守ってくれて、マーサは白杖とは比べものにならないくらいとてもよく助けてくれました。香港に戻ると、ディレクターから、その番組のナレーターにならないか、との依頼がありました。私は自分の話術を活用し、人気を博しました。その旅番組は、ラジオのホームページにアップされ、テレビでも放映され、図書館用のDVDにもなりました。そして、私の補助具や社会生活のことなど、私の体験をラジオ番組で紹介しました。ある新たにオープンしたショッピングセンターは、初めてペット連れを許可したので、私は香港初の盲導犬の子犬と一緒に行って、複数の団体向けに、盲導犬のプロモーションを行いました。私はスターでした!
 マスコミからインタビューを受けたり、地方に暮らす恵まれない子供達への募金を呼びかける、テレビ番組のナレーターもしました。
 私は、走ることを通しても、自分の生き方を他の人達に伝えてきました。ボランティアガイドと一緒にいろいろなトラックで走りを練習しました。全くの初心者だった私は、視覚に障碍のあるハーフマラソン女性ランナーとなり、その過程で自分の世界が広がり、多くの貴重な友人を得ることができました。台中での大会では、ゴール地点に1000人分のシーフード料理が用意され、皆で楽しみました。
 私は、次から次へと私を旅に連れ出してくれた仲間達に感謝しています。(中国)シンチアンの(タクラマカン)砂漠を走り転げたり、(中国の)チンハイにある野草いっぱいの野原を散策して新鮮な空気を深呼吸したりもしました。一番記憶に残っているのは、台湾のウーリン峠への二人乗り自転車での旅でした。坂を上っていた時、私の前のパートナーが息切れしてしまったのです。私は後ろからマッサージを施し、彼に砂糖と水を与えました。その後、彼は回復しました。私達は力を振り絞って坂をゆっくりと、でも着実に少しづつ上っていきました。高山病を克服し、3000メートルの頂上に到達した最初のチームとなりました!
 私は、目が見えなくなったことで、命の素晴らしさを心から感じ、すべての瞬間を最大限に生きるようになりました。これが私の人生、輝いています!