海外の部 WBU-AP地域 最優秀オーツキ賞
視覚障害者だからこそ得られた有意義な人生
モンゴル     エルデネサンブー・デルゲルバヤル(27歳・男性)

 私が小学校に上がったのは1997年8歳のときでした。他のみんなと同じように勉強がしたかったのですが、残念なことに、当時住んでいた小さな村には視覚障害者の私が通える学校はありませんでした。そこで、モンゴルの首都ウランバートルで陸軍に勤務していた父が、田舎の家から遠く離れた学校へ行く気はあるかと尋ねました。

 そこは視覚障害者が通う特別支援学校で、私はそこの寮で生活することになりました。母と片時も離れずに暮らしていた私にとって寮での生活はとても辛いものでした。母が恋しくて午後になると決まって泣いていましたが、クラスで一番小さかったためか毎日泣いていても先生に気づいてもらえませんでした。幸い、週末になると父が会いに来てくれました。毎日午前中には授業があって母のことをしばし忘れさせてくれたので、何とか泣かずに過ごせました。そして最初の授業では大きな可能性を秘めた6個の点を習いました。みんなと一緒に学んでいる間は、母がいない寂しさを感じずにすみました。私が2歳の頃から音楽に親しんでいたことを知った先生方は、積極的に音楽と関わるよう促してくれましたが、3年生に上がるまでなかなかうまくいきませんでした。
 次に私が知った喜びは図書館で過ごす読書の時間でした。ここでたくさんの面白い本を読んだことは、視覚障害の私にとってかけがえのない経験と機会でした。こうして1年生のときは授業と音楽、図書館で過ごすほかは泣いてばかりいました。
 夏休みになると、友人やおじ、おばたちと一緒に勉強しました。そのときに私でも勉強がよくできたことが分かって嬉しく思いました。
 3年生になり、音楽がぐっと身近になる機会がやってきました。それは「音楽のクラスに参加したい人はいますか」という質問に、躊躇せず手を挙げたことがきっかけでした。クラスメートたちが考えている中、真っ先に挙手したことが決め手となりました。こうしてピアノが私の友達になりました。晴眼者にとってピアノは素晴らしい楽器の一つでしょうが、私にとってピアノはまさに生きている相棒なのです。つまり、目の前にあるものを生きているものと思うか、それともただの物であると思うかを決めることができるのは視覚障害者だけだということです。
 学校に入ってから数年たち、音楽がコンピューターとつながればもっといろんなことができるということに気づきました。私は交響楽団の指揮をしたいという夢を持っていましたが、指揮棒が見えないことでその夢をあきらめていました。そんな私に代わってコンピューターが交響楽団を指揮できることがわかったとき、たとえどんなに困難でもコンピューターを持とうと心に決めました。1年後この夢が実現しました。視覚障害者でもスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)を使えばコンピューターを使えることができるようになったのです。
 スクリーンリーダーの聞き取りは初めのうちは大変でしたが、3日目になるとだいぶ楽に聞き取れるようになってきました。しかしMy ComputerやRecycle Bin、Winampといったよく耳にする単語はわかるのですが、文になるとまるで歯が立ちませんでした。そこで、まず英語を学ぶことが先決だと実感したのです。コンピューターの習得は英語の勉強をしてから取り組むことにしました。そして英語中級レベルTを修了した後、コンピューターのスキルを身につけました。
 コンピューターを使うと、音楽を演奏したり、言語を学習したり、新聞を読んだり、色を判別したり、GPSを使って位置を特定したりすることができます。現在では画像認識するまでに進化しています。
 特別支援学校を卒業した後、私はラジオ局の仕事に応募しました。コンピューターを使ったオーディオ編集が21世紀のラジオにとって最も一般的で必要な仕事だと思ったからです。しかし、人は加工されていない自然なサウンドを好みます。晴眼者と視覚障害者の一番の違いは息継ぎの音声編集の仕方にあると思います。視覚障害者がブレス音を入れるのに対し、晴眼者はカットします。晴眼者は2割しか自然なサウンドを選べないのに対し、視覚障害者の8割がより自然なサウンドを選ぶことができます。
 このため音響関係の仕事に就いている視覚障害者は自然な音声編集ができます。もし視覚障害者がサッカー場の音声編集をしたら、きっと7.1chのサラウンドシステムのような素晴らしい音響効果を作り上げることでしょう。そうすればこのエキサイティングなスポーツを、家にいながらまるでスタジアムで観戦しているかのように楽しむことができます。
 視覚障害者は、ちょうど密着性の高いヘッドフォンを耳にあてているように、1つの音に簡単に集中することができます。しかし、晴眼者は目を閉じていてもいろいろ想像してしまうために、そう簡単にはいきません。また視覚障害者は熱心に物事に取り組むので、学校や職場での成績が優れています。
一般的に視覚障害者は耳であらゆる角度や方向を判断することができます。このユニークな聞き取り能力をどう表現するかはとても難しいものです。晴眼者は左右の区別しかできません。
 私は音楽家や歌手と同じ毎秒30ビットカウントで聞き取れる能力を持っていますが、もし目が見えたら、この能力を維持できないのではと思う時があります。視覚障害者だからそれだけの能力があるのだと思います。同じ視覚障害を持つ方であれば、私の言おうとしていることがわかると思います。
 ことわざに「ある国を消滅させるには、その国の文字を滅ぼせばよい」というものがあります。どの国の視覚障害者もそれぞれ自国の文字を持っています。ですから、私たち視覚障害者がいかに力強い存在であるか分かっていただけると思います。