海外の部 ABU地域 シニア・グループ 優秀賞
読む権利、手が届く本、点字もしくはオーディオ
スリランカ    サムソン・ペレラ(69歳・男性)
 私は栄養不良のために、3歳の時点で視力を失ってしまうだけの視力しか持たずに、生まれてきました。その為、私の両親は、紹介されたラガマにある視聴覚障害者の為の学校に私を入れました。
 幼少期から私は読書を楽しんでいました。その図書館で私の手に触れなかった本は一つもないというくらいです。毎回読書のために本を開くたびに、点字のシステムを作ってくれたルイ・ブライユに感謝をしていました。もしも点字がなかったら、私はこんなにも貪欲な読書家にはなっていなかったでしょう。
 ブライユの点字本だけしかなかった私の子供時代の頃から、ずいぶんといろいろ変化しました。一方、巨大な本を持ち歩く代わりに、今は同じことを成しとげる為に、はるかに面倒でない再生可能な点字ディスプレイを使うことができるのです。もう一方では、技術の進歩が、オーディオブックという便利なものを私たちの生活にもたらしてくれました。それを聞くために、使う装置に関係なく、人間のナレーションの質の良いオーディオブックを楽しんでいます。
 それから、デイジーを再生する機能をもつ装置をもつ人には、テキストとオーディと、両方を提供する、デイジーブックスというのがあります。Eブックと、OCRプログラムによってスキャンされ印刷された普通の本もあります。しかし、スリランカは、発展途上国であることから、たくさんのボリュームのある分厚い本やカセット、もしくはCDに録音されたオーディオブックのような従来の方法に固執しています。視覚障害者が利用しやすいものの全てのオプションの中でも、私は個人的に点字の形式を好んでいます。棚から本を取り出す過程、それを読む前に探るのが好きだからです。私はかなり早い年齢から点字を紹介され、点字を読むのがうまかったので、点字に対して少し偏った思い入れがあるのかもしれません。点字を読むことは、私に一文字一文字を享受する機会を与えてくれました。私のペースで読めるということではなくて、むしろ書かれていることが私の頭に入っていくといった形でした。自慢したいわけではありませんが、つづりを間違うことはごくまれでした。これは私が読書をしている間に文字がどうつづられているのかを注意深く観察していたからでしょう。それと句読点やテキストがそのページでどう構成されているのかを、注意していたからでもあります。私の点字の読書はスピードがあります。私は普通の人が印刷の文字を読むスピードと同じであると思いますし、目の見える人と同じように本を楽しむことができます。とは言うものの、目の不自由な人みんなが点字文字の有効な読者になれるとは必ずしもいいきれません。点字本は、みなさんには理想的でないかもしれません。
 私がオーディオブックよりも点字を優先しているからといってオーディオブックを遠ざけているわけでもありません。オーディオブックは持ち歩くことができるので旅行に出かける時などにそれを聞くのが好きですし、携帯にもたくさんのオーディオブックを保存してあります。どれくらいオーディオブックを楽しめるかは話し手によります。本によっては絶望的な話し手もいるので、その本の内容がよっぽど必要でない限りそれは聞かないといった本もあります。
 「あなたがその本を読む時、物語をレンダーリングしているのです。それを読む一人一人をユニークで特別な方法で」と、カールトンクーズは言っています。
 だから、私は自分自身としては読む方が好きなのです。それら(オーディオブック)は、私に点字本を読んでいるのと同じ気持ちにはさせてくれませんが、それでも、生産する際により経済的であるということから、点字本よりもオーディオブックが役に立っています。その上、人生の途上で視力を失った人にとって、オーディオブックは読書をする唯一の方法になるかもしれないからです。なにも読むものがないよりはずっとましな選択です。
 点字本かオーディオブックか、私の中では問題にするまでもありませんが、もしも手に入る本が、もっと普通に印刷するものと同じくらいに入手できるようになれば、視覚障害をもった人々が読書する権利を確保することができるのです。
 誰もが最新のベストセラーを読みたいと思っています。そしてそれは、我々が持ちたいと思ういかなる形式でも入手されるべきなのです。他の人がオーディオ形式の方が好きだといっても、私は点字形式が好きかもしれないです。しかし、私たちは平等に読む権利を持っています。視覚障害があるのは私たちのせいではありません。スリランカの知的財産機構は、最近マラケシュ条約を承認する道を築きました。本屋に足を踏み入れ、棚から私の好きな形式の本を買う日を切に楽しみに待っています。