国内の部 学生の部 佳作
「当たり前の共有を目指して」
青森県立盲学校高等部普通科3年 千代谷 悠希(ちよや ゆうき)
(18歳・男性)
  「すげえなあ」
 地元の小学校との交流で授業を受けたときのこと。自分は一瞬だけスターになることができた。点字を使ってノートを書いていると、みんな興味しんしんといった感じでよってきて、「すごい!」を連発、いろいろ質問してきた。しかし、点字や目のことばかりで、趣味とかそういう個人的な問いかけは、ほとんどなかった。
 話題の中心は自分なのに自分じゃない……。とにかく「普通」という言葉にあこがれていた。そして、盲学校の中でだけは普通に生活できているとばかり思っていたのだった。
 そんな盲学校での中学部生活。友だちや高等部の先輩の中に自分のような全盲の生徒は少ない。休み時間、中高関係なく集まって音楽や漫画、おしゃれの話なんかに花が咲く。ついていけなかった。当然だろう。雑誌やコミックが読めない自分にとって、この手の話しは難しい。こんなことは今でこそわかるのだが、このころはわからなかった。みんなに認められたかった。自分は知ったかぶりまでして合わせていた。合わせれば合わせるほど、ふりになっていくとは予想できなかった。
 また、気を使われていることの多さに、だんだん気付き始めた。結局、学校でもどこでも、気を使ってもらわなければ、人と一緒に行動できない自分にかなり傷つき、自己嫌悪に陥った。
 情報が欲しかった。見えないことをおぎなえるくらいの情報が。そして、障害で人を判断しない友だちが欲しかった。
 高校1年。新しいクラスメートができた。普通学校から来たその彼は、クールな見た目とは全然違う熱血。苦手なタイプだった。あるときを境に彼から教科書をさりげなく移動されるいたずらを受けるようになった。まわりへの気遣いと、まわりからの気遣いとの間で、ただでさえも神経をすり減らしている中で、全盲にとって残酷ないたずらをあからさまにされたこと、小さなことでもいたずらと認識し、いらいらする自分にも腹が立った。やめてくれと話してもやめない。一方では必要なときの支援が上手で、悩みは深くなるばかりだった。
 あそこまで支援してくれている人が本気で悪意をもっていたずらをするとは思えない。自分を一人の人として見ているからこそ、こんないたずらをするのではないか? 障害で判断しない友だちは欲しかったけれど、自分が欲しかった友だちとは、こういうことなのか? 違うのではないか?
 かなり悩んで考えた。まわりの人にも相談した。しかし、どんなアドバイスも自分には合わないと感じた。痛みは、その人にしかわからない、というけれど、この悩みも全盲にしかわからないもののような気がした。
 ありのままの自分でいこう!
 自己防衛かなにかはわからないが、どうにもならなくなった瞬間、そう考えた。
 障害をマイナスと見ずに他人と比べず生活することが、本当の意味で大事なことではないか。みんなと同じようにふるまっていては、自分が自分ではなくなる。自分は自分だ!
 彼とは紆余曲折あったけれど、今では悩みを相談しあえるほどになった。それに弱視の先輩との会話も、全盲の視点も交えながら楽しくできるようになった気がする。
 24時間テレビなどからわかるように、障害者の日常というのは奇跡として扱われることが多い。障害に焦点が当てられ、過剰にもてはやされたり、同情されたり、ということがある。しかし、自分が求めるものは、そういうことではない。
 「個性」とは、その人らしさをいう。人はだれでも他人と比べたり、いいところを見せようと思ったりするものであるが、いいところ、悪いところを含めたその人らしさが個性だと思う。そうすると、障害も個性の一部なのではないだろうか? 障害で失うものは多いかもしれない。しかし、障害があってこその、その人らしさというのも、かならずあるといえるのではないか。自分は歌うことが大好きだけれど、目が見えていたらここまで歌にのめりこむことはなかっただろう。
 障害者は障害にこだわらず、できること、できないことを含めた自分らしさをどんどんアピールすることが大切だ。日々の生活を当たり前に楽しく送っていくことで、障害者の生活も一つの日常として認識され、当たり前の共有が実現される。あせって作ったものはこわれやすいが、ゆっくり時間をかけて作ったものは、ちょっとのことではこわれない。当たり前の共有のためには、そういうこつこつした積み重ねが大切なのだ。
 自分は今、大好きな音楽に夢中になりながら、歩行での行動範囲の拡大など新しいことにチャレンジしている。これからできることを増やし、自分をしっかり生きていきたい。当たり前の共有を目指して。