国内の部 学生の部 優秀賞
「トビウオの羽」
筑波大学付属視覚特別支援学校高等部3年 勝又 るい(かつまた るい)
(18歳・女性)
 私は18歳の女子高生です。現在、筑波大学付属視覚特別支援学校の高等部3年生で、寄宿舎に入り生活しています。病気で視覚を失ったのは6歳の誕生日でした。その日から真っ暗な世界が始まりました。
 私の生まれ育った新潟県は大変雪深い土地です。特に、私の家の辺りは冬になると約3メートルもの雪が積もり、多くのスキー客で賑わいます。美味しいお米や新鮮な空気、川の流れや虫の声のBGMが当たり前の、とてものどかなところです。私がこんな田舎から大都会「東京」に出ることになったのは、今の学校に中学受験で受かったことから始まりました。最初は多くの不安と苦労があり、何度も帰りたくなるような日々もありましたが、高校生になってからは多くの経験を通し、休日には友達と遊びに出かけたり、初めての場所にチャレンジしたりと、とても有意義な生活を送ることができるようになりました。今では、中学受験に挑戦したこと、東京に出ようと決意したことを、本当に良かったと感じています。そもそも東京に行きたいと思うようになった出来事は、小学4年生の時の事でした。
 生まれてすぐ病気が発覚した私は、幼い頃から東京の病院に通っていました。しかし、親の仕事が忙しいため、治療や検査が終わるとすぐ帰ってしまうことが多く、東京といえば大きな病院があり、大勢の人がいて、排気ガス臭いところ、という悪いイメージしかなかったような気がします。ところが、その時はたまたま時間に余裕があったのか、東京に来ても通院だけの私が可哀想になったのか、検査が終わった後、母と二人で東京に一泊することになりました。ホテルに荷物を置き、多くの人でごった返す新宿駅周辺を、白杖と点字ブロックを頼りに、何時間もぶらぶら二人で歩き回りました。歩きながら、私の住んでいる所とはあまりの環境の違いに驚くとともに、点字ブロックや点字表記の充実している点に感動し、ここなら目の見えない私でも好きな所に一人で行くことができるかもしれない、と胸が躍りました。
 町の中を歩き回りお腹がすいてきた頃、香ばしい香りに引き寄せられるように、たまたま近くにあった焼鳥屋さんに入りました。店内はあまり広くはありませんでしたが、わいわいがやがや楽しそうで、少し混雑していました。母と私が空いている奥の席に向かおうとすると、白杖に気付いたのか、近くの席のお客さんが席を譲ってくれました。小さなテーブル席に座り、母が注文していると、今度は隣の席にいた男の人が、「どこから来たの?」と声をかけてくれました。「新潟です。」と答えると、周りのお客さんたちも、「新潟?そんな遠くからよく来たね。」「お米美味しいよね!」などと、口々に話しかけてくれたのです。おかげで、はじめは不慣れな場所で緊張していた私も、だんだん楽しくなってきました。
 そんな私を見ていたのか、店長さんがトビウオという面白い形の魚を出してくれました。当時はトビウオなんていう魚は聞いたこともなかったので、興味津々になり、食べるよりも先に形が知りたくて、一生懸命触っていたことを今でも覚えています。長細い形に対して、鳥の羽のような鰭がとてもおもしろく、強く印象に残りました。私が、あまりにも熱心に触っているので、「おもしろい?記念に持って行く?」と言って、その鰭を封筒に入れて持たせてくれました。
 その時です。ラジオから歌手のゆずが歌っている「栄光の架橋」という歌が流れました。この曲は治療で辛いとき、帰りたくなった時に、母がいつも聞かせてくれていた私の大好きな曲でした。つい嬉しくなり、ラジオに合わせて口ずさんでいると、意外と声が大きかったのか、店のお客さんたちが口々に「上手だね。」と褒めてくれました。気分が良くなった私は、調子にのって最後まで熱唱してしまいました。歌い終わって、急に恥ずかしくなった私を、お客さんたちは温かい拍手で包んでくれました。照れくさい中にも心の中がほっこりと温まるのを感じました。この日の体験が、東京に行ってみたいと思う大きなきっかけになりました。そして、今まで知らなかった世界、まだ知らない世界がたくさんあることを教えてくれたのです。
 現在、私は大学受験に向けて日々奮闘しています。のんびりした新潟も大好きですが、もっと知らない世界を知りたい、もっと多くの人と出会いたいと思い、頑張っているところです。時には辛くて苦しい事もありますが、街で偶然出会った見知らぬ人に親切に手引きをしてもらった事や、初めての店での店員さんのさりげない優しさや、何かを伝えようとするストリートミュージシャンの力強い歌声は、私の凝り固まった心をいつもほぐしてくれます。そしていつかは、多くの人たちからもらった温かい気持ちやエネルギーを、今度は私がいろんな人に伝えていけるようになりたいです。トビウオの羽が、私や皆の羽になってくれますように。
このページのトップに戻る