国内の部 成人の部 佳作
「私が貰った大切なもの」
群馬県 阿藤 純子(あとう じゅんこ) 鍼灸治療院自営 (38歳・女性)
 「アリス、行こう。」その一言ですんなりと車に乗ったアリス。アリスは、私と約8年間生活を共にした盲導犬です。アリスの引退の日、それは、2008年8月31日でした。人間のことがだいすきで、そして何も疑うことも無く純粋な性格でした。だから、引退の日、何も疑うことなく、アリスは、自分が車に乗った後に私が乗ることを想定し、あっけなく車に乗ったのだと思います。アリスが車に乗り、私が乗る前に車のドアが閉まった時、私の隣にいた母が、「きょとんとしてるよ」の一言。おそらくアリスは、「あれ? どうして誰も乗ってこないのかな?」と、その瞬間の状況が把握できないでいたのだと思います。初めは、きょとんとしていたアリスは、徐々にそわそわした様子でじっと私たちのほうを見ていたようです。いよいよ車が動き出した時、一度も車のシートに乗ったことがないアリスが、後ろに身を乗り出し、「どうして、一緒に行かないの?」と言わんばかりに車の後ろの窓から私たちのいるほうを見ていたようです。
 私は、アリスに「ありがとう」の声をかけるまもなく、アリスを裏切ってしまったような気持ちのままアリスとの別れの時が過ぎました。
 アリスが盲導犬として、私との生活を始めたのは、私が失明し、5年ほどたった頃です。私は、大学を卒業した22歳の時に失明をし、今まで持っていた夢や目標をすべて喪いました。生きていることに何の意味も価値も感じられず、毎日のように死ぬことばかり考えていました。でも、死ぬ勇気も持てず死ぬことは出来ませんでした。私の周りにいた友人たちは、新たに社会にで、自分の仕事を持ち、一生懸命に生活を送っていました。そんな友人たちの姿を見て、私は、孤立感でいっぱいでした。「失明なんてしなければ、私は友人たちと同じように自分の目標としていた仕事に就き、人生を楽しめていたはずなのに」と、悲しさや悔しさしか感じられない日々でした。それでも時間の経過と共に、「私も自立をしなければならない。これ以上友人たちに遅れをとってはいけない」と考えるようになりました。そう思い始めると、自立に向けて必死に時を過ごしました。点字を覚え、白杖での歩行を練習し、盲学校に入学し、鍼灸・あんま・マッサージ・指圧の勉強をしました。失明してからの5年間は、自立のために必死でした。しかし、学校を卒業する頃になると、少しずつ目が見えない生活になれ、私の中に少し余裕が出てくると、目が見えない現実を受けとめきれずにいる自分に気付きました。そんな時に盲導犬との生活を考える機会が有り、もともと好奇心の強い私は、盲導犬と生活することを決めました。実際に盲導犬との生活が始まると、毎日やる事も多く、大変でした。それでも自分に出来る事があるというのは、気持ちを楽にしてくれるものでした。盲導犬と生活をはじめ、常に私の横には、盲導犬がいる、いつしか当たり前のことになっていました。当たり前ですが、犬は言葉を話しません。そして、私の目は見えません。それでも、この犬たちは、自分のうれしい時、楽しい時、大きくしっぽを振り、体全体で楽しさを私に伝えます。寝ている時でさえも何の夢を見ているのか、大きく体を動かしたり、寝言を言ったりして私に存在をアピールします。私が落ち込んでいる時、自分のおもちゃを持って私を励ましてくれます。この犬たちに言葉が無く、私もこの犬たちの表情を見ることはできませんが、自分たちの出来る方法で、私に何かを伝えてきます。
 そんな生活を送る中で私は、盲導犬から、他の人と比較する必要なんかなく、今をただ素直に楽しめばよいのだということを教えてもらっています。未だに自分が納得の出来る生活には程遠いと言った感じですが、いつの間にか、日常生活の些細な出来事に楽しく笑っている自分に気付く時があります。私が道を歩く際、盲導犬は、私の喪った目となり、役に立っているのはもちろんですが、私が喪っていたうれしさや楽しさの感情も取り戻してくれているのも事実です。
 現在、アリスは、私の知人の家で暮らし、私とは一緒に暮らしていません。そして、私の横には、新たな盲導犬がいます。アリスには、時々会います。会うたびに私は、「あの時は裏切ってごめんね」と謝りますが、アリスは「もうそんなこと忘れたよ。今を楽しもうよ」と言っているかのように私に甘えてきてくれます。あの時の心苦しさは、そんなアリスの態度で癒やされています。