海外の部 ABU地域 ジュニア・グループ 佳作
「点字は私の人生をどのように変えたか」
インド マノージュ・ヤダヴ(22歳・男性)
 人類の出現以来、文明は徐々に進化してきました。文明の成長とともに、人間は知識への探訪を開始しました。知識の広がりが、さまざまな文字の発見や発明がなされ、それによって世界の知識がまとめられるようになりました。点字も、こうした多くの文字の中のひとつであり、これは、私のように視覚障害者たちの知識の拡大、そして収集の助けとなり、役立ってきました。詩人ビハリが、唯一の文学作品である「サッサイ」の中で、知識のことを「水差しの中の大海」と表現したように、そしてタラシダスがラムチャリマナスの中でラーマの献身運動という強い信仰心に根ざした運動を起こし、すべての人の人生を満ち足りたものにしたように、視覚障害者たちにとっての救世主であるルイ・ブライユもまた、点字という文字の発明を通して、知識の明かりを私のような視覚障害者たちの人生にもともしてくれました。
 点字は、私の人生をありとあらゆる面において変えてくれました。点字が私の人生にもたらしてくれた変化について振り返るとき、私がまず思うのは、もしも点字がなかったとしたら、私の人生はどのようなものになっていただろう、ということです。本当に点字なしには、私がこれまで受けてきた教育、そして私の人生そのものさえ想像することができないくらいです。教育なしには人間が動物同然に思えるのと同じように、私の考えでは、さまざまなオーディオ機器があるとはいえ、点字の知識がない視覚障害者は、まるで無学同然になってしまうと思うのです。私にとっては点字こそが、識字の最初の尺度となるものを提供してくれた媒体なのです。
 子どもの頃の話をしますと、私は5歳のときにヴァラナシにあるジーヴァンジョティ学校に入学を許可されました。当時、私は勉強面で非常に遅れを取っていましたが、練習を続けた後、点字を読み書きする能力を無事身に付けることができました。5年生を修了した後、私はヴァラナシのジーヴァンジョティ学校のラクノウ分校であるナヴジョティに送り出されました。そこで私は12年生までの教育を受けたのです。私への教育は、すべて点字によって行われました。私の学校では録音書籍の使用が固く禁じられていて、すべての読み物は、点字で配られました。これによって、私の教育レベルは飛躍的に発展し、私の自信も急速に高まっていきました。
 点字は私の人生に、大変良い影響を与えてくれました。2003年1月3日、私が8年生だったときのことです。私は、AICB主催の全国ヒンディー点字リーディングコンテストに参加する機会をいただきました。このコンテストで、私は1等賞の賞金5000ルピーを現金でいただきました。これは、私の人生における最初の大きな達成でした。そして、これは点字のおかげです。私はデリー大学のドクター・ザキール・ハッサン・カレッジで学士課程の勉強をしました。この期間中もまたAICBのご好意により、私はすべての教科書を点字でいただくことができました。ですからAICBの皆様に心からお礼を申し上げたいと思っています。
 今日、私が故郷の村に行き、そこで点字を書いて見せますと、目の見える人たちもそれに興味を持ち、勉強してみたいと言ってくれます。ですから、点字はあれこれと、私の村ひいては社会において、私に特別な威厳のある地位を提供してくれるものだと言うことができるのです。高校、そして大学において一般の学生の皆さんと勉強をしているときには、私も起立し、配られた文章を点字で音読していたものです。このことによって、私は先生方やクラスメートの皆さんと深い愛情を持って接し合うことができるようになり、私には、劣等ではなく、尊敬のまなざしが注がれるようになりました。
 今日においては、幅広い種類のオーディオ機器がありますが、点字は私の人生において欠かすことのできない一部となっています。私にとってコンピューターは、文章を読み上げてくれるものとして便利なのではなく、点字で対象文書を読める手助けをしてくれるものとして、実用性の高いものです。この機能を活用しますと、録音書籍に耳を傾けるよりもはるかに長時間、集中して文書を読み込むことができるのです。点字文書を指でたどりながら読んでいくとき、私は本当の意味での自信を持つことができますし、またそうすることで、記憶力もついてきます。点字は私にとって表現の自由、そして文学面における想像性の唯一の基盤となるものなのです。私がこれまでにいくつかの大学、そして国レベルのディベート・コンテストに参加し、現金による賞金を獲得してきたのも、私がいつも重要な点を点字でメモしていることによるものです。
 私は全面的に点字に身を捧げ、点字の発展に向けて貢献していこうと心に誓っています。