海外の部 ABU地域 ジュニア・グループ 優秀賞
「私たちは哀れみではなく機会が欲しい」
インド プラカール・シュリヴァスタヴァ(男性)
 私たちの士気は高いのです
 そして私たちは持てる能力をきっと示すことができるでしょう
 私たちの限界は地球にとどまらず、空にまで達するのです。
 確かに私たちは障害を持っています
 ですが私たちは哀れみの対象ではありません
 強い意志の力と自分自身を信じる力こそが、私たちの宝です。
 ひとつでも機会を与えてください
 私たちはきっと、いつでも、成功を収めて見せます。
 物理的、心理的、社会的、経済的に遅れた人たちの地位を向上させるということは、私たちだけではなく、人間全体の義務や責任なのです。発展の過程において置き去りにされてしまった人々は、発展の主流における主たる王道に立たせてもらい、しっかりと権限を与えられる必要があります。これはインド憲法の基本精神です。
 私たちのように身体的な障害を負うということは、学び、遊び、そして社会的に十分な成果を収めるに際して、困難をきたす物理的短所となります。  以前、私たちのような子どもたちは、家族に依存している哀れみの象徴とみなされていました。しかし今日においては、そのような現状はずっと減ってきています。今日においては、多くの障害者が医療、教育、芸術、そして音楽の分野において活躍しています。音楽分野で言えばラヴィンドラ・ジェイン、ダンス界で言えばスッダ・チャンドランなどがその良い例です。
 両親、先生、そして社会は、私たちのような子どもに対して、哀れみを示す必要はありませんし、また私たちに嫌悪の目を向けるべきでもありません。私たちには愛情と思いやりが向けられるべきであるだけでなく、改善策を伴う、前進の機会が提供されるべきなのです。
 また、私たちが愛すべき家族の一員であるという感覚や、すべての個人によって私たちが求められているのだという感覚が与えられるべきです。私たちのような障害を持った子どもたちも、感情面において完全に受け入れられるべきなのです。私たちに哀れみを示すということは、すなわち、私たちが普通の子どもと違うように感じさせるということを意味します。そうすると、私たちの中で劣等感が生まれ、自信が失われていきます。
 こうした状況は、私たちのような子どもの発展を妨げることになります。私たちを他の子どもたちと同じように扱うということは、社会の義務です。ですから、社会は、私たちの中に、私たちも能力、才能の意味において、誰にも引けを取らないのだという感覚を養わせるべきなのです。非凡な資質を持った子どもたちが世界の偉大な人物になるという事実は、歴史的に実証されています。イシュワール・チャンドラ・ヴィドヤサガールやエイブラハム・リンカーンなどがその良い例です。
 ですから、私たちのような子どもが必要としていることは、私たちが効率の良い指導と、教育の機会を与えられるべきだということなのです。両親や先生、そして社会は、この責任を全うするにあたって大事な役割を持っています。私たちの発展には適切なインスピレーション、熱意、そしてしかるべき心理的措置が必要です。それらがあることによって、周囲の励ましにより、私たちの中に秘められた才能が完全に開花し、そうした才能を適切かつ健全に用いることにより、自己独立型の人間性を確立することができるようになるのです。私たちの興味や能力を開発し、そして私たちの発展を妨げる問題を取り除くために、私たちにはきちんとした物理的手助けが必要です。
 私たちは、完全に冷淡な扱いにもおびえません、
 私たちは、自らの目的地に到達するのです
 私たちに必要なのは、ほんの少しの励ましです
 私たちは、暗闇の中にあっても、光を作り出すでしょう。
 神様は人間を創造なさったときに一つの欠陥をお残しになり、その代わりに、何らかの芸術における完全性、音楽への関心、完全な話術、学問への特別な関心など、なにか特別な資質をお与えになったのだ、というもっともなことを言った人がいました。
 ですから、私たち障害者は、私たち自身の資質に基づいて、雇用に向けた特別な援護や機会を提供されるべきなのです。そのようにすることで、一般の人々同様、私たちも、依存から無縁となることができ、社会に対する私たちの義務を全うすることができるようになるのです。職業リハビリセンターが障害者に対して門戸を開くようになったのは間違いありませんが、その数は障害者の数と比較して、ずっと少ないのが現状です。こうしたセンターは各州の障害者人口の合計を基に、地区レベルで設立されるべきでしょう。今日においても、インドの地区や村に住む多くの才能ある障害者の人々が、指導を与えてくれる人を得られずにいます。インドの障害者向けには多くの計画が立てられ、多くのサービスに関して3%が確保されています。ですが、この確保されたパーセンテージは、障害者のパーセンテージや状況と比較すると、非常に不十分なのです。このパーセンテージを上げ、私たちの雇用機会が増えるようにすべきです。生計がきちんと立つようになれば、私たちの地位は正しく向上し、私たちに対する社会の尊厳も増し、これはまた、私たちの自信の向上にもつながるはずです。
 私たちもまた、他の皆さんと同じように、努力、信頼、そして持てる能力を生かして、我が国インドの国民である誇りを実現することにより、インドの進展に貢献するでしょう。私たちは「飛行」に必要なものは「翼」ではなく、勇気なのだということを証明するのです。両親、先生、または社会から哀れみ、嘲笑、恥辱を受けると、それが私たちの一生を憂鬱に陥れることになる一方、皆さんからの適切な指導や励ましにより、私たちはインドが誇る国民になることができるのだということを忘れないでいただきたいと思います。私たちが社会から必要としているものは、励まし以外の何でもありません。ですから、「私たちは哀れみではなく、機会が欲しい」と思うのです。励まし以外に、私たちが皆さんから欲しいと思っているものは何もありません。
 私たちの人生の根幹を成すのは、インスピレーションです。
 波を恐れていては、川は治水できません
 挑戦する人は、敗北させられることがありません。
 粒を運ぶ小さなアリは、歩みを前に進めるとき
 壁をよじ登りながら、何百回も足を滑らせます
 新たな勇気を自信につなげ
 登っては落ち、また登るということに、決していらいらせずに。
 彼らの努力は決して無駄になることがありません。
 挑戦する人が、敗北させられることなど決してないのです。