海外の部 ABU地域 シニア・グループ 佳作
「点字は私の人生をどのように変えたのか」
スリランカ エランダティ・サワラナマラ(女性)
 太陽が昇り、今日もまた1日が始まります。私は黄色のサリーに身を包み、学校に行きました。その日は私の学校にとって特別な日でした。学生のリーダーたちが、メダルを授与される日です。すてきで素朴な式でしたが、その場にいた学生や先生方の間に熱気が高まっているのが感じられました。イベントが始まると、私はあっと驚かされることになったのです。
 私はヘッド・パーフェクトのメダルを授与されに校長先生に招かれました。私がメダルを授与されるとき、大勢の皆さんが拍手をしてくれました。目の見える先生方がたくさんいる中、視覚障害者の教師である私がこの役割を引き受けるというのは、誇らしいことでした。ごく若いときから盲目である一人として、この重要なチャンスに恵まれることになった背景には、私が点字に関する知識を持っていたということがあります。
 私は視覚障害のある子どもとしてこの世に生を受けました。当時、視覚障害者にのしかかっていた悲劇的で痛ましい運命というものは、同じく私にも降りかかりました。私は数え切れないほどの困難や葛藤に直面しました。私の弟や妹が元気に遊び、家中を走り回るので、家の中の私の居場所は、悲しいことにドアの隅でした。おなかが空いたりのどが渇いたりして大声で泣いたりすれば、祖母にさおでぶたれ、祖父には「エケル」でたたかれました。慰めてもらえるのは、両親が家にいるときだけでした。入学できたのは、もしかすると私が引き継いだ素養のお陰かも知れません。1975年、私はラトゥマラナの盲学校に入学しました。そこで点字システムを勉強し、私はスラスラと読み書きができるようになりました。弟や妹が学校に行く中、涙を流しながらじっとしているしかなかった私は、ついに点字で勉学に取り組むことができるようになり、私の表情には、涙に代わって、微笑が浮かぶようになりました。
 不安定だった人生という名の私のとりでが、点字の基礎を確実に身に付けることによって、次第に強さを増していきました。点字の知識があることによって、私の人生、教育、文化、経済状態、そして地位、展望が変わっていったのです。
 私が点字教育を受け始めたのは1975年のことでした。1年生の頃、私は点字システムをスピーディーに学習しました。
 私は次々に進学し、一般教育証書普通レベル試験に優秀な成績で通りました。私は中等教育を施してくれた学校にお別れをし、高等部への昇進試験を受けるために、目の見える学生向けの学校に進学しました。私は点字の力を借りて、高等教育への道を進み始めました。この時期、私は目の見える学生と肩を並べて、セントラル・スクールで学んでいました。私のクラスにはおよそ50名の目の見える学生がいましたが、私が教育に関して困難に遭遇したことはありません。他の学生の皆さんがペンを使って文字を書いていたのに対して、私は点字を使っていたというだけです。
 私は先生方が授業をなさるペースを上回るスピードで学習をすることができました。そのため、先生がお休みのときには、私が先生の代わりをすることができました。点字で勉強をしていましたので、試験も点字を使って受けました。
 昇進試験で優秀な結果を収めることができた後、私の次の抱負は、教育の名門校の内でもトップの学校の花の香りをかぐということでした。こうして1990年、私はジャヤワルデナプラ大学に入学したのです。私には高い目的意識と大志がありました。私は大学教育においても、課された課題をすべて点字でこなしました。
 目の見える弟たちや妹たちが学校に行っている間、一人家に置き去りにされ、泣いていた私が、今や大学の学位を取得するまでになったのです。目が見えないことによって、孤立化させられていた私が、点字の知識によって、教育の頂点にあたる成果を達成することができたのです。
 私の人生は、点字によって文化的に変化を遂げました。小説や短編を点字で読んでいた私は、自分でも短編や小説を書き始めました。私が作った歌や詩は、賞や功労賞をいただきました。こうした美の世界における私の能力もみな、点字のおかげで進歩したものです。私は自分の教育上の成果によって、教師という職務を得ました。自分自身が点字で学習をしてきた私は、こうして今度は、点字で書かれた教科書を使って自分の生徒たちに教えるという段階に到達したのです。自分の思い描いていたような技術を自分の手と指に託して、私は知識の明かりを、何百人もの学生にともしてあげることができるようになりました。私は教師として給料をいただき、他の皆さんに依存することなく、自ら独立することができるようになりました。自らを経済的に強めることができた私は、こうして、他の学生の皆さんの人生と将来を強化してあげられるようになったのです。視力を与えられていないということで苦しんできた私は、点字システムのおかげで、経済的な強さを手に入れたのです。昔の私は、食べ物や飲み物の施しをもらうために、建物の出入り口をうろうろしていたものですが、それが今、点字システムのおかげで経済的に独立し、自分の生活を自分で支えられるようになったのです。
 昔の私は、社会から隔離され、恥辱や欠乏に耐えていました。それが今、私は点字技術のおかげで、社会において安定した地位に到達したのです。以前、私は社会から拒絶されていました。ですが今や社会は、私の力や技術を必要としています。私は社会の他の部門と肩をならべて仕事をすることができるのです。私は組織や社会において、責任のある地位にあります。議事録も点字で取りますし、参加メンバーに向けて報告書を読み上げることもあります。さまざまな組織から、一緒に働いて欲しいという旨の招待も受けてきました。中には、イベントの企画、実施に際して、私のアドバイスを求めている組織もありました。私は結婚式やお葬式の場においても、自分の知識やサービスを提供する機会を得てきました。こうした務めすべてに対し、私は熱意を持って取り組んできました。昔どん底に落ちていた私は、今や点字の能力のおかげで、社会において重要な地位にあるのです。
 私は自分の過去を振り返ると、自分が価値のある成果を収めてきたように感じます。今日、私は自分の人生という名の本に彩りを添えていますが、私の人生はかつて、闇と悲しみの雲に覆われていたのです。盲学校で手にした点字という名の剣が、私にすべての障害を乗り越える力、そして人生の新たな高みに到達する力を与えてくれたのです。