| 小 椋 |
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僕はその時々の想いを歌にして来ましたが、このアルバムも出来上がってみれば63歳の現時点での想いを歌っていると思います。 メッセージソングとは言えないのですが、もし、ある種、そこにメッセージが綴られているとすれば「未熟の晩鐘」というタイトルそのものでしょうか。
人生の"晩鐘"は"晩鐘"として自覚される、要するに夕暮れの鐘がなっている年齢であるのは事実。命は命としてあるんだけれどエネルギー的な減退を意識しているのは事実です。
ただ問題は、その年齢になったときにどう生きるかということだと思います。そんな想いをこの「未熟の晩鐘」の中に散りばめているということですね。
"未熟の"とつけたのは、本当は年齢がいくと未熟じゃいけないのが一般常識ですよね。悟りの境地だとか、人生を達観できたとか、誰かに説教をのべるとか、教訓を垂れるとか、そういう年齢になってないといけない、とすれば"未熟"というタイトルはまったく逆の言葉です。
ただ本当にそうでしょうか?
したり顔をして人生訓を垂れるっていうことは僕には嘘くさく感じるんです。そこまできちんとしている人なんかいないんじゃないか、「悟った」などと言うのはごまかしでしかないってね。
人間、一所懸命生きようとすればするほど迷いとか惑いがまだまだあることに気がつく。僕自身がそうで、開き直って考えれば、むしろそれこそが生きている証だと思ってるんです。いくつになっても迷いがあったり、不確かな部分がある、それこそ人間が人間として生きているということ、事実、真実じゃないだろうか。ということから「未熟の晩鐘」が生れたわけです。
例えば2曲目に「もうと言い、まだと思う」という歌がありますが、体力的に、エネルギー的に衰えを感じているのは事実。でもそれで人生が終わってはいない。 そこでどう生きるか、”もう”ではなく ”まだ”ということを意識しつつ生きて行く。人間は気がつくといつでも坂道なんです。それを下り坂と意識するか上り坂と意識するか。上り坂として意識していくためには、そこに人間の生きようとする意志力が必要。年齢を重ねていってもそうやって生きていこうじゃないか!というある意味メッセージがありますね。 |
| ONKYO |
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未完成な部分を完成させようという、不確かなものを確かなものにしようというところにある種のエネルギーをつぎ込んでいくということでしょうね。 |
| 小 椋 |
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そうですね、夢なんて 果たせばいいことだが 夢の本当の目的は果たすことではなくて、自分が夢の途上にいるということが大切なんです。常にそう思っています。
古い言葉で「かたつむり のぼらばのぼれ 富士の山」というのがあって、かたつむりは富士山を登りきれる訳はないのですが、登っているっている最中だと自分が自分で思えることが大切なんです! |
| ONKYO |
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そんな小椋佳さんの想いを、いろんな世代の人に聞いていただきたいですね。その世代なりに感じることがあると思います。それではその「未熟の晩鐘」を聴いてみましょう。 |
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| 小 椋 |
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素晴らしいですね。電気的につくられた音はともかく、生音の部分が非常にいいですね。奥行きがあるというか。 |
| ONKYO |
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そうですね。アコースティックの音が一番音質の差がはっきりします。生音といえば、もう1曲。是非聞いていただきたいのが
「想い初めさえしなければ」
これは琵琶の音色が忠実に表現されていますので、そのあたりを聞いていただければと思います。 |
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♪想い初めさえしなければ を聴く e-onkyo music で試聴・購入できます。 |
| 小 椋 |
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これは坂田美子さんという方が弾いてらっしゃるのですがの琵琶の音も彼女の声もすばらしいですね。 |
| ONKYO |
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小椋さんは琵琶を弾いておられるということですが、琵琶の魅力というのは何なのでしょうか。 |
| 小 椋 |
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そうですね父親がやっていたということから来るノスタルジーもありますし琵琶本体の音色がなんとも言えず好きなのです。もう10年になります。
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| ONKYO |
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琵琶の音には、妖艶さというか色気がありますよね。そんな色っぽさまで余すことなく、この高品質の音楽配信では表現したいと思っています。
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| ONKYO |
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最後にやはり「山河」という曲を聞いてみたいと思います。 |
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| 小 椋 |
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音楽配信というと年代的に若い人ばかりかなと思いますが、この「山河」も聞いていただいているようですね。 |
| ONKYO |
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e-onkyo musicはご利用いただいている方の年齢層も結構幅が広いのです。
「山河」は週間ランキング1位になりました。 |
| 小 椋 |
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たくさん聞いていただいて本当うれしいですね 。
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| ONKYO |
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この曲に込められた想いはどんなものなのでしょうか。 |
| 小 椋 |
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"美しさ"ということの特別な位置を感じていいと思っていましてね。
人間は欲望の充足で生きている、欲望のほとんどは生存にまつわるものですよね。でもその中で美しいものをもとめる欲求とはいったい何だろう。こう考えた時に、これだけは特殊である、生存に直接かかわらないものです。これは人間だけが持つ、生存とはかけ離れた価値観。ということはやはり特別な価値付けをしていいじゃないかと僕は思っています。
音楽が美しい、絵が美しい、風景が美しい 人間に行為として美しい行為 いろんな美しさがある。
これは、どろどろした命さえ永らえばいいということは全く違う特殊な意味合いを置いていい。
そんなところから美しさに力点をおいた生き方が大切な気がしています。
問題は一人よがりの美しさではいけない、自分だけがいい、美しいと思えばそれでいいというのではない。この歌の歌詞にある 「愛する人の眼に俺の山河は美しいかと」 というフレーズにはこの思いを込めてあるのです。
人が人としてあるとは何なんだ。人間は人の間と書きますよね。自分が人間として成立するのは、私とほかの人の間にあってはじめて私も成立するという考え方。だとすると相手からみて自分の行為は美しいか、ということが重要な問題。そういうところに人間の価値付けができるといいなぁと思っています。 |
| ONKYO |
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美の探究心みたいなものが薄れている昨今、この小椋さんのメッセージというのは非常に胸を打つものがありますね。
さてこの年末に小椋さんと東京フィルハーモニー交響楽団とのジョイントコンサートがあります。この公演の模様を収録して配信させていただこうと考えています。 |
| 小 椋 |
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このコンサートを収録となれば失敗は許されないので緊張してしまいますね。
やはりオーケストラとの共演となると普段の編成とは違うので難しい部分もあります。
でもひとりの歌い手としてとても贅沢なことだと考えています。 |
| ONKYO |
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歌とお芝居を取り混ぜた歌綴り企画も今回は予定されていますか? |
| 小 椋 |
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語れる物語を考えています。
お客様は物語を楽しみ、歌を楽しみ、またバックでのオーケストラの演奏も楽しんでいただければと思います。そう、歌と物語の融合されたものは日本でも古来からありますよね。琵琶語りもある、浪花節もそうです。日本の伝統としてそういう文化が根付いているんですね。 |
| ONKYO |
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小椋佳さんの独特の表現、世界がそこにあるのですね。
音楽空間、劇場空間をそのまま多くの人に伝えたいと思います。
今日はどうもありがとうございました。 |