■国内の部 最優秀オーツキ賞
「今、生徒とともに」  神奈川県大和市 田邊美起(42)
   「なぜ、生まれてきたのか?」「なぜ、生きるのか?」「幸せとは何か?」
 二十才になった私はこんな言葉を自問自答していた。そして、真剣に死ぬということ、生きるということについて考えていた。
 幼い頃から夜盲症と視野狭さくがあり、物心がついた頃から母に手を引かれて大学病院を転々とした。その結果、5才の時に網膜色素変性症と診断され、将来は失明すると宣告された。
 そんな私に母は、「人間はどんな人でも、この世に使命があって生まれてきたのよ。美起、お前にもお前にしかできない使命が必ずあるから頑張ろうね」と言った。
 私は弱視だったが、公立の一般学校で学んだ。いじめに遭ったり、登校拒否になったりもしたが何とか大学まで進学した。しかし、進行が止まっていた目も、二十才頃から徐々に進み始め、人の手を借りなければできないことが増えてきた。
 「みんなのお荷物になって生きるくらいなら、死んでしまいたい」
 でも、そう思った時に母のあの言葉が鮮明によみがえった。
 「私の使命って何だろう?」「私も誰かのために生きたい」「誰かの役に立ちたい」と強く思った。そして、理療という仕事を通して、人々の苦痛を取り除き、社会に貢献できる人間になりたいと考えた。理療師の資格を取るために、盲学校の専攻科理療科に進学した。
 盲学校に入学した頃は、普通に文字を書いていたが、3年後の卒業時には太めのマジックで大きめの文字を書いていた。担任の勧めもあり、私はさらに、盲学校の教師になるために進学した。2年間学び、27才の時に母校に赴任した。
 努力に努力を重ねて、やっとつかんだ仕事だった。しかし、目はもう限界にきていた。夏休みまでは、何とかごまかしながら使っていた目も、文字が薄くかすれて見えなくなることが多くなった。もう墨字で授業を行うことはできないと思った。しかし、点字に切り替える勇気はなかった。
 とうとう2学期が始まり、教壇に立つことが怖くて、登校拒否の子供のように学校へ行くことができなかった。私は、両親の前に座り、泣きながら「もう、字が見えなくなったから、教師を辞めます」と打ち明けた。両親もうつむいたまま、黙って聞いていた。
 その時だった。そばで聞いていた姉が、「美起、何を甘えているの? 何のために教師になったの?教師というのは、知識や学問を教えるだけじゃなくて、生き方を教えるのも教師の仕事じゃないの?目が見えなくなっていく中で、どう生きていくのか。その姿を示していくのも立派な教育でしょう」と、厳しく叱咤した。
 目が覚める思いだった。「何を甘えていたんだろう。何も闘わずに、逃げようとしていた。もう一度、やってみよう。挑戦し抜いてから教師を辞めるなら、きっと道は開けてくるだろう」と思った。
 それから点字への挑戦が始まった。点字の教科書を開き、指で読んでみた。初めはなかなか思うようには読めずに、内容を理解することができなかった。同じところを何度も何度も繰り返し読んだ。ある時は、イライラして教科書を投げ出したり、悔し涙で点字のボツボツが薄くなってしまうこともあった。50分の授業をするために、3時間の予習が必要だった。
 教壇に立つと、胸がドキドキして足がガタガタ震えた。作ったノートをたどたどしく指で読みながら授業を進めた。生徒に教科書を読んでもらうと、点字を読むスピードが間に合わず、置いていかれた。
 「せんせーい! どこまで読めばいいんですか?」と、馬鹿にした口調で生徒が言った。私はにっこりほほ笑んで、「適当なところでやめてよ。気が利かないのね」と答えた。
 もうプライドも虚栄心もなかった。ただ、人間として誠実に、私のできる精一杯の生き方を彼らに見てもらいたかった。
 それから数日後、授業が終わった時に、ある生徒が「先生は根性があるね。俺だったら、できないかも」と、ニコニコしながら大きな声で私に言った。私はうれしかった。私の思いは、しっかりと彼らに通じていた。それから、彼らは私を助けてくれるようになり、家庭のことや恋愛など、プライベートな悩みまで相談をしてきてくれるようになった。
 盲学校にはいろいろな境遇の生徒が入学してくる。弱視で職場や家庭でずっと頑張ってきたのに、周囲の理解がなく、盲学校へ来た人、事故や病気で突然、失明してしまった人など。私にはそんな生徒たちの苦悩が痛いほど分かる。だから、生徒たちのために少しでも力になりたいと思う。
 トルストイは「永遠に幸福でいたいなら、人のために生きよ」と、言っている。人は誰かのために生きている時に幸福を感じ、人のために生きることで、生かされるのだと思う。今、私は生徒とともに生き、幸福をかみしめている。

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