■国内の部 佳作
「私にできる事」  新潟市 上林洋子(60)
 
 一昨年の初夏のこと。発車直前に乗り込んだバスは下校時の高校生でいっぱいだった。隣の男の子が「しばらくです。シェルちゃんも元気ですね」と言いながら吊り輪につかまらせてくれた。「覚えていませんよね。僕は小学校四年の国語の時間に点字の話を聞いたんですよ。シェルちゃんがまだ盲導犬の新米だったころです」
 それは盲導犬と歩くようになって間もないころだった。近くの小学校へ国語のお手伝いに行ったときのこと。後に子どもたちから点字で書かれた感想文が届いた。マス空けもなく点字がびっしり書かれたもので判読するのに苦労したが、私に読める唯一の文字なのでうれしかった。その中に「僕は今、眼にもの貰いができているので眼帯をしています。片目で歩くと怖いから面白くないし、学校へも行きたくないです。見えないのに何が楽しいですか?」という気になる一枚があった。
 彼があのときの眼帯をしていた子だった。私の趣味について話したことに触発され、好きな手品にのめりこんだこと。そして盲導犬シェルと同じ犬種のラブラドールも飼ったと言う。今ではマジシャンとして各地へ出かけて活動しているのだと生き生きと話してくれた。「あのときのシェルは退職して、このターシャに代ったのよ」と言うと「そうか、僕も大学受験だものね」と笑った。
 数ヶ月後、彼から次のようなメールをいただいた。「バスの中でも言ったのですが、上林さんに出会ったあと、様々な経験をしました。中越大震災の山古志村慰問、聾学校出演、献血フェスティバル出演など、数えればきりがないくらいですが、1つ1つのイベントで皆様から教えてもらった様々なことは今でも忘れられません。・・・両者が互いに得るものがあるということがボランティアではないかと思うのです。そして、このような福祉的な活動ができたのは、上林さんのお話を小さい頃に聞けたからだと思います!本当にありがとうございます」
 それからしばらく経ったある夕方「この犬が息子の飼っているラブですよ」と散歩中の彼の父親から話しかけられた。愛犬のラブちゃんは彼の希望でアニマルセラピーに所属し市内の施設に行っていること。彼がラスベガスで学生マジシャン大会に受賞したこと。そして趣味のマジックを生かせる念願の大学に合格できたことなど。また、母親が犬を連れている日もあり犬を介して彼のご両親と話すようになった。
 つい先日、訪ねた郊外の小学校でのこと。いつものように音声時計や点字のカレンダーなど紹介し、工夫することによってエンジョイしている日常生活を簡単に話した。また「横断歩道やお店の入り口を探しているときなど声をかけてもらえると助かります」とお願いを添えた。続いて「点字はどれくらいで覚えられますか?」「盲導犬は吠えないんですか?」「一番困ることは?」などの質問に対応していると「目が見えない人はどうやって靴を履くのか僕見てみたい!」と大きな声がした。すると「そんなことちゃんとできるのよ」と先生が私より先に応えられた。とっさに私は返す言葉が見つからなかった。タイミングよくチャイムが鳴りそのまま授業が終わった。子どもたちに見送られ教室を出るとき「どうやって靴履くか、僕どうしても見たいな」とぽつりと言うのが聞こえた。この子に応えてやられなかった自分を今でも悔やんでいる。なぜ靴にこだわっているのか。その子には何か靴に対する思いがあったのではないだろうか。もし立ち止まって靴を履いてみせていたら、そこからコミュニケーションが図れたのではなかったか。
 この子たちのように、かつての私も「障害者」の立場など知る由もなかった。が、十五才で発病した緑内障は手術の甲斐もなく視覚をうばい、生きる気力さえもうばおうとした。そんな私が「視覚障害」を受容し家庭生活を維持してこられたのも家族、友人、そして関わってくださったかたがたとの心のふれあいがあったからだと思う。
 最近、人と人との真の心のふれあいが減ってきている。言い換えれば、真の「コミュニケーション」がなされていないのだ。一人で苦悩を抱え込んでいても明日は開けない。ほんの少しでいいから外へ向けて扉を開けば、そこから助け合いが生まれると思う。この助け合いの心は次世代の財産。この芽を育て未来をつくる子どもたちへ繋げることが今の社会に必要なのではないのだろうか。世界平和に貢献できるほどの知識も能力も持ち合わせていないが、「平和への思い」を次世代に伝えるコミュニケーションとして、自らの生き方を話すことが私にできる最大の貢献だと思っている。

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