■海外の部 アジア太平洋地域 Bグループ(25才以下) 佳作 「点字−私の人生の変遷」 ホアン・シ・ビッチ・ベト 25才 (ベトナム 女性) |
| 子供のころ、私はぼんやりとかすんだ、計り知れないほど深い闇の中で過ごしていました。来る日も来る日も隔離された部屋の中で、誰と言葉を交わすこともなく、ただごろごろとしていました。じっとして、小学生たちが、声を掛け合いながら学校へ行く声を聞いていました。私も同じ年ごろでしたので、本来でしたら、彼らに加わるはずでしたが、私は苦しみを胸に、欲望を抑え、涙をこらえていました。私には子どもたちが輝く朝日の中で、翼を広げた鳥の群れのように思えました。あぁ、私の夢はいつまでもかなうことはないのだ。 ある秋の日、辺り一面がヒナギクの黄色に染まるころ、驚いたことに盲人協会が私を温かく迎え入れてくれ、面白い興味深い文字を教えてくれました。それは小さな点があちこちに浮き出ていて、とても言葉に触れているとは信じられませんでした。 不思議なことに、これらの文字が、思いもかけず、人生の新しいページをめくってくれました。指を使うだけで、読んで、書いて、計算をして、思いのすべてを紙に書き記すことができるようになりました。点字用紙の上のこれらの小さなゴマ粒たちが私の夢をかなえる力を持っていたのです。 点字が高等学校への道を切り開いてくれました。高校でエッセーを書いて自分の思いを表現する方法を学びました。私は、優秀な文学少女になりました。 12年間の普通教育を終え、大学進学を希望しました。点字はここでも昼夜の別なく知識を吸収するための便利な手段でした。しかしある日、両親は、私が働いて生活費を稼ぐよう、私の学業に突然終止符を打ってしまいました。このことは私を絶望の淵に追いやりました。けれども人生の夢をかなえ、ゴールに到達するための課題に真っ向から立ち向かう決心をして、荷物をまとめて家から20キロ離れたパゴダ(仏舎利塔)に移りました。仏教の尼僧たちの庇護の下、そこで暮らし、掃除婦として働きました。点字の助けを借りながら余暇に大学進学のための勉強に励みました。 質素な食事や仏教の戒律、そして陰うつで異質な空間は、社会の主流から隔離されていました。すべてが私にとって未知のことだらけでした。不意に、このように生活をしていては、大学の入学試験を受ける十分なお金を貯めることはできないだろうと悟りました。私は心の中で感謝をしながらも仏教に別れを告げる決心をして、家に戻りました。私は家畜を飼育し、コンテストに参加するために首都へ出かけました。生活は苦しかったのですが、刺激的でした。その後、素晴らしい知らせが舞い降りてきました。入学試験に合格したのです。でも、いったいどうやったら5年間の大学での勉強を続けられるのでしょうか? 私は点字で手紙を書き、ハノイにある障害者を雇用する企業に就職が決まりました。それでも、給与は学生生活をおくるための費用には届きませんでした。卒業まであと3年あります。学問を続けるために、あらゆる面において質素に暮らしています。全盲の少女がハノイで暮らすために奮闘するのは、たやすい道でないことはいうまでもありません。でも、盲人協会と点字を信じて、元気で頑張ることが出来ています。ルイ・ブライユの素晴らしい思いつきのお陰で、明るい未来を迎えるために、望みをかなえるべく現在のあらゆる難問や障害を乗り越えていくことが出来ます。 |