■海外の部 アジア太平洋地域 Aグループ(26才以上) 優秀賞 「私の人生と点字」 ヌグイエン・タン・トラン 52才 (ベトナム 男性) |
| 私は、ちょうど20才を過ぎたころ、病気にかかり視力を失いました。職を失い、同僚や友人を失い、夢や計画もすべて打ち砕かれてしまいました。 チャウ河沿いの貧しい村に住む年老いた母と一緒に暮らすために故郷に戻りました。運が尽き、これが永遠に続くかと思いました。 ある日、「鍛えられた鋼(Steel Has Been Tempered That Way)」という小説の中でパベンコサジンが言ったことを思い出しました。それは次のような言葉でした。 「人生で一番尊いものは生命です。人生は一度だけです。ですから、日々を無駄にして後悔しないためにも、意義ある生活を送るべきです。」 この言葉に私は大いに勇気付けられ、直面していた困難を打ち破ることができました。私は、家族を支えるために何かしたい、また、音楽を学びたいという強い思いに心をかき立てられました。音楽を習得することは普通の人にとっても難しいのだから、ましてや私のような盲人にはとても無理だと言われました。しかし、そのような言葉で私の望みをあきらめるわけにはいきませんでした。 音楽を学ぶためには、まず点字を習得しなければならないことに気付きました。私は点字について何も知りませんでした。しかし、幸運なことに、ある方が私に点字の先生を紹介して下さったのです。この先生は私が点字や音符を学習するのをとても助けて下さいました。その後、幸いにも、もう一人村の先生を見つけました。この先生は楽譜を読み上げるボランティアをして下さり、私は音楽を点訳することができました。 一生懸命努力して学び、それに大好きな音楽への強い気持ちと探究心とが拍車が掛け、3年後にはだいぶん上手にギターを弾けるようになりました。また、神は私に柔らかい声を授けて下さり、私は地元の音楽祭でA賞を受賞することができました。これを機に、その後地元のラジオ局で協力者として音楽の仕事をすることになりました。 それ以来、数多くの地元の会議や結婚式、また、私が子供たちに歌を教えていた地元の青年団の行事で演奏するために招待されました。これらの活動を通して、私は、人は仕事を得て地域の中で自分の居場所を見出した時のみ、人生は有意義なものになるということを深く認識するようになりました。実際、これが社会に共に参加する一番良い方法でした。 地元の盲人協会に参加したその日までは、すべてが順調に行くかのように思えました。それは新たな奮闘の始まりでした。というのは、そのころ、この協会はその地区で結成されたばかりで、メンバーの視覚障害者のほとんどが点字について何も知らなかったからです。私は仲間のメンバーに点字を教える役割を任命され、非常に誇りに思っています。私は自分がこの地区で点字を身につけた最初の一人であり、自分の地区の盲人に光の種をまくことが出来ることを光栄に思い、とても幸せに感じました。 皆の努力の甲斐があって、協会はますます強化され、私たちは中央盲人協会から長年にわたり優良証書を受賞してきました。しかし、私は自分の成功に満足してはおらず、行政学、書類の書き方、会計関連のコースを取り勉強しました。私は盲人がビジネス分野に進出するよう勧め、より多くの盲人が協会に参加してくれるよう、協会の活動について機関誌に記事をたくさん書きました。 最近では、技術が発展したお陰で、盲人の間でもコンピューターが普及してきています。しかしながら、コンピューターは我々の心に打ち込まれた点字の凸点の地位を得ることは出来ません。点字は我々に光をもたらし、この世界で私たち盲人に新しい未来への展望を開いてくれました。 時折、もし点字がなかったら、盲人協会がなかったらどうなっていただろうかと自問することがあります。私は二重に光を失っていたと思えるのです。このことを考えると、盲人の地位や生活が向上するために、そして「一人は皆のために、皆は一人のために」という精神を持ち続けるためにも、一生懸命勉強し仕事をしようと心に強く思うのです。 |