■海外の部 アジア太平洋地域 最優秀オーツキ賞(A・B共通)「点字が人生を変えた」 ム・パイ・ポ・パイン 20才 (ミャンマー 男性) |
| ミャンマーには、「読み書きのできない人は、目の見えない人」ということわざがあります。もし読み書きのできない人がいたら、その人は最低限の生活に甘んじているといえるでしょう。なぜなら、その人は知識や知恵を取得する手段を持たないからです。 人類は、何千年前から健常者の教育、文学、技術の習得のためにさまざまな発明をしてきました。視覚障害者の読み書きの手段として、全盲のフランス人、ルイ・ブライユによって「点字」が考案されたのは、約150年ほど前にしか過ぎませんが、この考案で視覚障害者の生活は一変しました。 私は6才の時、盲学校に入学することが許されました。当時は余りも幼く、勉強より遊ぶことに興味がありました。成長するにつれ、点字が教育に欠かせないものいうことが分かりました。それからは点字を懸命に勉強し、上手に使えるようになりました。点字の読み書きができるようになると教養も身についていきました。 私の夢は、音楽家として成功することでした。点字の楽譜の存在を知り、国際的な楽譜の表記、つまり、7つの白けん、5つの黒けん、合計12の記号で楽譜を表記することを学びました。独力で作曲ができる事実に、私は大変興奮しました。 こうした点字の学習は、音楽家として成功するという夢を与えてくれました。実際、作曲も学び、経験を重ねて、音楽家として知られるようになりました。 技術的に高度に進んだ今日では、手紙を書くことも、点字での読書も、それぞれの目的に合わせて容易にできるようになりました。分厚い点字の本や書類なども、ハイテク機器のお陰でどこにでも持ち運ぶことができるようになっています。 コンピュータの進歩で作曲もより容易になりましたが、点字は私にとってますます必要なものとなりました。なぜなら、まず演奏される小節の数、録音される装飾楽節の数、そしてどのような形で装飾音を入れるのかといったことを点字にして整理しておく必要があるからです。 今、私はルイ・ブライユに心から感謝しています。私が視覚障害の音楽家として活躍できるのも、点字があったからこそで、点字がなければなにもできなかったでしょう。 |