■国内の部 佳作 「コーラス」 千葉県流山市 佐々木佳代子(48) |
|
「眼が見えないと、たいへんねぇ お辛いでしょう」 お辛いですかねぇ。 「手術しても治らないの、本当」 本当ですよ。 ああ、腹が立つ。25年も視覚障害者をやっているけれど、やっぱり腹が立つ。 何も考えずに発したあなたの一言が相手の心をどれだけ傷つけてしまったか考えたことがありますか。 ああ、もう腹が立つ。むしゃくしゃする。心が波立ってくる。 いかん、いかん。高波になる前に心の波を鎮めなければ…。 そこでテープレコーダーのスイッチをオン。聞こえてきました、コーラスの練習風景が。 そうそう、ここで歌詞を間違えたのよね。 あららら、音がずれてますよ、私。 うんうん、ここは大成功、きれいにきまってる。 ところどころに仲間たちと先生との愉快なやりとりが入っていたりして、聞いていると自然に顔がほころんでくる。 気が付くと、テープレコーダーの前の私も一緒に歌ってた。 ああ、歌っていいなぁ。 音楽はいい、コーラスはいい。 ただ、歌が好きだからという理由だけで、コーラスクラブに入ってしまった私。ぜんぜん経験がないのに大丈夫かな。 皆の足をひっぱらないように真面目に練習をした。 歌は好きでも、歌詞はよく分からない。 点字の歌詞カードを作った。これを読みながら歌えば、歌詞を間違えることだけは防げる。とりあえず、点字に感謝である。 耳に神経を集中させて、音を外さないようにする。眼は見えなくても耳が聞こえることに感謝。 繰り返し、繰り返し歌詞を読んで、イメージをふくらませて歌を歌う。 「上手、上手 その調子よ」 先生からおほめの言葉を頂戴する。 うれしい、いい気分。 やっぱり、歌はいい。そして、やっぱり点字に感謝なのだ。 長い人生、たとえ五体満足で生まれたとしても、そのままで最期を迎えられるとは限らない。誰もが何かのハプニングに遭遇する。ささいなハプニングから大きなハプニングまでいろいろあって、それらの中には視力を失ってしまうというハプニングもある。 眼は見えないけれど音は聞こえるし、声も出せる。だから、歌を歌う。 歌うことが大好きな仲間が集まってコーラスをする。見えないことを忘れて歌う声、声、声が重なり合って、美しいハーモニーになる。 ああ、コーラスはいい。 メンバーの一人一人は美しい歌声を響かせようと努力する。 歌詞をよく吟味してイメージをふくらませて歌を歌う。 大きな文字に拡大して歌詞を読む人がいる。記憶力を発揮して全部の歌詞を頭の中に詰め込んでしまう人もいる。 そして、点字で歌詞を書いて、それを読みながら歌う人もいる。 見え方は人それぞれ違うけれど、みんな同じ視覚障害者。 生まれた年も、育ったところもみな違う。けれどみんなは歌が好き、コーラスが好き。 大きな文字と記憶力と点字でつくる美しいハーモニー。 この世に点字があったことに感謝、音楽があったことに感謝、そして耳が聞こえることにも感謝。 まさに感謝、感謝の人生である。 だけどホントはね、見えないと辛くて、たいへんなんだ。だってそうでしょう、周囲の情報のほとんどは視覚を通して入ってくるのよ。なのに視覚を奪われてしまったら、人間やめろって言われているようなものでしょう。 そりゃあ辛くて、苦しくてたいへんなのよ。 でもね、いくら泣き言を言っても、ちっとも見えるようにはならないの。 だから泣き言は全部、心の奥深くにしまい込んで、にっこり笑って 「すみませんが、眼をちょーっと貸していただけますか」とか、 「ありがとうございました 助かりましたわ」とか言うの。 するとね、心がポカポカしてくるの。なんだかとてもいい気分よ。 できることなら、私だって手術を受けて見えるようになりたい。だから、 「出術受けてホントに良かったわ。やっぱり見えるってありがたいわー」 なんて言ってる仲間の話を聞くと悔しくて悔しくて腹が立ってくる。 でもね、いくら腹を立てても、ちっとも見えるようにはならないの。 だから悔しさは全部、心の奥深くにしまい込んでにっこり笑って、 「おめでとう、良かったわねぇ」って言ってあげるの。 するとね、ほら、こころはポカポカいい気分。 さあさあ、くよくよしたり、イライラしたりはやめて、今日も元気にコーラスの練習、練習。 |