■海外の部 最優秀オーツキ賞

 「点字と私」      ベトナム リ−・ホン・トイ(75歳・男性)

 私が視覚障害になったのは1969年、39歳の時でした。幸いだったのは、すでにかなり教育を受けており、中でもフランス語と英語を学んでいたことです。しかも約19年も働いた経験があり、かなり専門性を身につけていました。専門性と外国語の知識を無駄にしないためにも、家に引きこもらず、これまでの気持ちでやっていこうと心に決めました。
 さらに幸運なことに、失明したその年にベトナム盲人協会が設立されたのです。協会は発足して間もなかったのですが、点字を学びたい視覚障害者に支援活動を始めていました。会員になった私に、自宅でも勉強ができるようにと、ベトナム語の点字の一覧表、点字器、点筆とその説明書が渡されました。
 点字に触ると、ますます興味が増し、昼夜を問わず夢中になって勉強し、2、3カ月後には点字記号すべてを暗記できました。点字技能を高めるため、盲人協会に点字の本をお願いすると、点字書が大変不足しているにもかかわらず、その一冊を貸してくれました。
 その本は、1952年にフランス盲人協会「バレンタイン・アユイ」から出版された盲人作家、ヘンリー・ピエールによるルイ・ブライユの伝記と業績を書いたものでした。
 本を手にして驚いたのは、フランス語で600ページもあったのです。なんとか読もうと心に決め読み始めましたが、フランス語の点字記号と、その略字、そして規則を覚えるには大変苦労しました。それでも徐々に規則にも慣れてきて、なんとか略字を習得することができました。こうして私は、点字を学びながら読書ができたのです。 最後のページを読む頃には、フランス語の点字技能は驚くほど伸びていました。この本のお陰で、点字の成り立ちや発達について大変有益な知識を得ました。点字はなぜ点でなければいけないのかとか、視覚障害者の心理、能力、希望と要望、それに必要な援助について知りました。
 やがてこの本をベトナム語に訳したいと強く願うようになりました。友人たちが、たとえ失明しても新たに意義ある創造的な人生をおくりたいと願うならば、この本で書かれているような知識と技能を身につける必要があると思ったからです。
  当時、点字用紙の存在さえ知らず、適当な厚さの印刷済みの紙を用いていました。何カ月も掛けベトナム語に翻訳し、点字器と点筆で点訳し直しました。ベトナム語のその点字書は1000ページにもなったのです。できあがった本をベトナム盲人協会に寄贈できたことは、最大の喜びのひとつです。
  以来、点字は私の生活のなかで、欠かすことのできない、生涯を通しての伴侶となりました。点字は、無限の知識を習得する手がかりとなり、人生の理解を深めてくれます。大切なことをメモにとり、点字の手紙により、他者とコミュニケーションが図れるようになるのです。
 ベトナムではコンピュータはまだそれほど普及していません。点字タイプでさえ不足していて、点字の印刷所などはありません。しかし、点字を墨字に変換したり、その逆に墨字を点字にするときは、これまで学んだ知識が役に立ち、私が学生に教えるときにも非常に有効です。
 1992年、エジプトで世界盲人連合(WBU)の会議に出席した時、アメリカの全米盲人協議会(NFB)が発行する月刊誌「ブレイル・モニター」に私は紹介されました。それを読むために英語点字を学びました。時間と労力を費やしましたが、英語は世界でもっとも広く使われている言語で、本や雑誌、新聞など非常に沢山出版されていることを知り、努力は十分報われたと思っています。また、WBUの討議資料や報告を読むこともでき、大変役に立ちました。
 ベトナム盲人協会の仕事を退職してからも、協会のためにいろいろな本を翻訳し、点字にすることで日々過ごしています。点字を知って、私は失明の悲しみや孤独から解放されました。多くの情報を得て、さまざまなことにより理解を深め、ますます創造的な人生に変えていけたのも点字のお陰です。だんだんと年を取ってきて、耳も聞こえなくなってきましたので、もっとも頼りとなる情報取得手段としての点字の重要性を以前にも増して感じております。
 点字を考案したルイ・ブライユには、心から感謝しています。点字を通して導いて下さったベトナム盲人協会、フランスのバレンタイン・アユイ、多くの情報を送って頂いた全米盲人協議会に感謝します。こうした方々のお陰で私の人生が大きく改善されました。また、他の視覚障害者にも私が受けた恩恵と同じものを与え、いまも点字を通して力づけているのだと信じています。


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