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私は40歳を過ぎてからの中途失明者です。
平成6年に栃木県塩原町にある国立視力障害センターで中失者を支援する生活訓練の研修を受けてから10年が過ぎました。
点字を身につけたい一心で入所したのですが、結果的にこの点字への思い入れが、それ以上のものを与えてくれる意味深いものになりました。
失明前後の妻の理解と協力には本当に助けられました。私の性格も相まったのかもしれませんが、失明の事実を意外と冷静に受け止められ、精神面の打撃を最小限にとどめることができたと思っています。
ある意味でこのような幸運な条件にありながら、私は極端に外出を避けるようになりました。ほとんど引きこもりに近いと言って差し支えありません。
周囲に対して自意識過剰になり、好奇の目で見られるのではないか、あるいは後ろ指を差されるような不思議な恥ずかしさが沸き起こり、気持ちが外に向かないのです。まして白い杖を手にするなど論外でした。
それでも、好きなレコードを聴きながら、何となく毎日をやり過ごせてはいたのですが、やはり読み書きの手段を失った不便さに耐えられなくなってきました。
物の整理もおぼつかない、簡単なメモさえ取れません。人の手を煩わせる頻度も高くなります。しかし、私にとって一番辛かったのは、読書ができなくなったことでしたから、これからの人生を少しでも豊かにするためにも点字を習得する必要性を強く思うようになったのです。
視力以外は健康そのものです。何の心配もなく入所する意思を固めることができました。
センターの生活訓練課ではいろいろなプログラムが準備されていたのですが、やはり重要な訓練は点字と歩行です。
私は、この時点で初めて白杖を手にしたのですが、抵抗感はあまりありませんでした。
これは同じ境遇の仲間がいたことと、見知らぬ土地だったためと思います。
しかし、歩行訓練を重ねるなかで、技術面はもちろんのこと、白杖を持つことの意味が理解できるようになりました。そして、白杖がどれほど多くの情報を与えてくれるかを知ったのです。
一方の点字は予想以上に困難でした。書くことは仕組みを覚えれば、比較的簡単なのですが、読むことがたいへん難しいのです。指先の感覚がうまく脳に伝わってくれません。集中していると頭の芯が痛くなるほどでした。
これでも半年間の研修で時間をかければ何とか読めるようにはなれました。ちなみに年齢が若いほど習得は早いようです。
結果としてになりますが、センターでの生活全般が大きく意味あるものになったと思っています。
研修を終えて帰宅した私はさっそく、外出を試みたのですが、あの何とも言えない感覚が全く消えていることが確認できました。そして、ここでもまた私は、妻に感謝しなければなりません。同伴で歩いていると、見慣れぬ せいか、やはり物珍しいらしく、ある人は目を見張り、またある人は立ち止まってまで見送るらしいのですが、全く意に介さず、むしろ反応を見て面白がっているようにさえ見えて、ますます私の気持ちは楽になれたのでした。
白杖振り振り街を歩くことで、私と同じような状況に陥っている人の少しでも励ましになれればとさえ思えるようになりました。感謝の一言です。
それにしても読書は何という喜びでしょうか。
点字に慣れるにつれて読むスピードも速くなりました。慣れることが一番のようです。
数年前、点字楽譜に挑戦することもできましたし、ネームテープの利用で物の整理もできるようになれました。
それと私は、視力は失いましたが、見ることをあきらめてはいません。テレビも、好きな映画も観ますし、美術館へも行きます。少し補助説明をしてもらえれば、十分に楽しめます。
最近はパソコンの進歩でますます便利になってきました。欲しい情報が短時間で入手できますし、メールの交換もあっという間にできます。私も時々利用しますが、確かにそれなりの便利さと楽しみ方はあるように思います。しかし、昔ながらの読み書きにこだわる私には、それ以上のものにはなりえないようです。
私は活字を失いましたが、点字を手に入れました。そして何より、文字は立ち止まって考えることを気長に待っていてくれます。
中失者が増えつつある中で私が体験したような研修を受けたいと願う人は少なからずいるはずです。それには二の足を踏む距離感を感じさせてはならないと思います。
各市町村にとは言えないまでも、せめて各県に一つはサポートをしてもらえる拠点が欲しいものです。
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