| ■優秀賞 「私の挑戦」 小林恵津子(こばやし えつこ)(44) |
「ただいまから、カフェランチコンテストの開会式を始めます。」 司会の女性の澄んだ声が会場に響き渡り、快い緊張感につつまれる。カフェランチという言葉すら耳にした事の無かった私が、最終選考まで残り、参加者としてここに居る。 このコンテストは、県の農林水産部が主催するもので、地産地消を推進し、また、米離れが進んでいる若い人にもっと米を食べてもらいたいとのねらいが込められている。更に、誰に食べさせたいか、誰と食べたいかとのメッセージを込めて応募してくださいとなっている。私の頭の中でどんどんイメージが膨らんでいくのを感じていた。昔からある秋田の味をどう調理し、誰に食べさせたいか。私は実家の母を思い浮かべていた。父の他界以来一人暮らしを続けている母を我が家に招いて、私が嫁いだ町の味を食べさせたい。見た目は洋の華やかさ。味は和の食べ慣れた味、高齢者向けのカフェランチ。うん、いい。これ、結構いけるかもしれない。メニューはそう悩むことなくすぐに決める事ができた。 コンクールは、一般、高校生、親子部門があるようだった。よし、息子と親子部門に挑戦しよう。「ねえ、とりあえず、母さん1人で作って応募するけどねぇ、もし選ばれれば審査員の前で調理の実演があるのよ。そうなったらあんた付き合ってくれる?」と、このことを早速息子に伝えた。「うん、いいよ。」と案外あっけなく出場の了解を取ることができた。そうと決まれば行動あるのみ。すぐに応募用紙を取り寄せる。買い物に出かけ材料をそろえ、調理に取りかかる。ご飯を炊くところから始まり、全ての調理が終了するのにたっぷりと半日かかってしまっていたのだが、結構、いえ、かなり楽しい時間を過ごしていた。後は、子供が学校から帰ってくるのを待って盛り付けと写真撮影を手伝ってもらえば、明日には応募できると、かなりテーブルの上の料理に満足していた。 私は、結婚後まもなく発見された進行性の眼病の為、日々不自由さの増す生活の中で、子育てだけが全てだった。その中で子供には可能な限りの手料理を与えてきた。それのほとんどが地元の農産物であり、今言うところのスローフードなる物に相違が無い。ところが、近所から頂く自家製野菜は、極力低農薬で栽培されている為、食用菊や葉物野菜のおひたしから虫が出てくることなどは日常茶飯事である。それなのに、虫の侵入を発見できない私の目を気遣いながら、何も言わずに皿に取り寄せるわが子達。いえ、小さい頃は、おひたしの中に虫がいると大騒ぎし、決して箸をつけようとはしなかった。それが、いつしか、無言で虫を寄せながら食べている。コンテストの為のメニューはそんな日々の生活の中で作ってきた料理の組み合わせに他ならない。 応募から約3カ月が経過した。それは、夕飯の支度をしているさなかの電話だった。受話器から飛び込んでくる、最終選考まで残ったので、ぜひ息子さんとチャンピオン大会に参加してほしい旨の主催者の声が嬉しかった事は言うまでも無い。 しかし、不安と戸惑いが私を襲う。チャンピオン大会では、90分という時間制限の中で4種類の料理を作らなければならない。勝手のわからない調理室では、90分などという時間は瞬く間に過ぎてしまうであろう。辞退した方がいいのだろうか。でも、こんな機会はめったにあるものではない。息子と共に出場したい。 私は、担当者に自分が視覚障害者であることを伝え、補助員をつけてほしい旨を伝えた。そうだったんですかと、快くサポートの件をご了解いただくことができた。更には調理品を持ち込んでも構わないとのお話だったので、4品作らなければならないうちの2品を前日に自宅で調理し、それを持ち込む事とした。当日でなければ調理できない物については息子に作らせよう。これで何とかなる。そう感じたとたん、私は息子と共に出場出来る日に急に待ち遠しさを感じるのだった。 コンテストは、開会式終了後、調理実演となる。補助員に調理器具をそろえてもらう、オーブンの操作を手伝ってもらうなどしながら調理のほとんどを息子が担当し、どうにかこうにか終了させる事が出来た。盛り付けに関しては、写真撮影用、審査員の試食用と3皿作らなければならない。これについては、補助員に手伝ってもらう事とした。皿のへりに付いたソースをふき取ってくれるなどの気遣いをしてくれた事がありがたかった。 プレゼンテーションでは一通り料理の説明をした後で、こう付け加えた。 「娘が作った、サラダとすしまんま、そして、孫が焼いたお肉で、実家の母のお腹と心を満たしてやりたい。そんな思いで作りました。」 マイクを置いた私は、なんともいえない爽やかさと達成感を感じていた。そして、母の手をとり、会場まで手引きしてくれて、火を使う部分を全て引き受けてくれた息子に改めて頼もしさと感謝の念を抱いている。 |