| ■海外部門 優秀賞 「点字がいかに生活を変えたか」 オーストラリア キリー・リーナ・フォース(18歳・女性) |
私は立っていました。リーウィン号の動きに合わせてゆらゆら揺れながら、デッキから33メートルも高いメインマストの上でバランスを取りながら立っていました。目を使わず足1本でマストに登ることに成功した私は、マストのてっぺんに刻み込まれた銘版を読もうと手を伸ばしました。そこには登りきったものをたたえる、心に響く銘版が刻まれていました。一緒に登ったもう1人にそのメッセージを読んでもらう必要はありませんでした。点字でも書いてあったので自分で読めたのです。私がそのメッセージを人の手を借りずに読んだ時、今までの人生の中で最高の成功だと思いました。これは目の見えない人々が使っている素晴らしい文字がなければ不可能だったでしょう。そう、ルイ・ブライユの素晴らしい発明、点字です。 3歳までにがんで視力を失ったので、見えるというのはどういうことか全く記憶になく、小学校に行くのも特に怖くありませんでした。友達と違う文字で読み書きを勉強することになるなんて思いもしなかったのです。6歳という覚えの早い年齢だった私は、すぐに先生より点字が上手になりました。先生も私に点字を教えながら勉強してくれていたのです。まもなく、先生は授業中、点字での正しい書き方を私に尋ねるようになりました。本を見るより私に聞くほうが早かったからです。 点字がうまく使えるようになるにつれ、文字の世界が私の前に広がりました。子供達みんなが大好きなお話を、もう人に読んでもらう必要はなくなり、手に入る限りのたくさんの本をつぎから次へと読むことができるようになったのです。実際、夢中になり過ぎて近くの点字図書館にあるほとんどすべての本を読みつくしてしまいました。ルイ・ブライユのお陰で、彼の時代のように点字の本を惜しみながら読む必要もなく、ゆっくり読むことができました。図書館にある本が無限に感じられたのです。 読み書きができるということは自立の力になります。読み書きができなければ食品のラベルを読むとか、電話番号を書くといった、ちょっとしたことでも人に頼らざるをえません。文字というコミュニケーション手段が使えなければ、仕事を得る機会が非常に限られてしまいます。どの仕事であっても何らかの形で読み書きに頼る必要があるからです。視覚障害者も例外ではありません。読み書きを学んだ後に視力を失った人にとって、唯一難しいのは、目が見えなくなっても使える読み書きの方法を見つけることだけです。読み書きの基礎はすでに知っているわけですから。 しかし、小さい頃から目が見えない子供達は教育を受ける時にかなり点字に頼ることになります。このとても容易に使える、触って分かる文字がなければ目の見えない生徒はつづりや文法の基本ルールを学ぶのが難しいことでしょう。また自分で教科書を読めなければ友達と同じ読み書き能力を身につけることもできないでしょう。生徒は十分に教育を受け、読み書きのできる労働力となり、活字を使う人と対等の立場に立つのです。その過程は違うかもしれませんが、結果は同じなのです。 私は点字の読み書きができることで、12年の教育を受け、全部の試験を対等に受けることができています。学校生活を通じてみんなと同じ教科書・参考書・小説を読んできました。教科書を読んでくれるよう友達に頼る必要はありません。一人ひとり時間割が違うので、友達に頼っていたら不便なことが多いのです。点字の読み書きができることで、人の手を煩わせることなく、どの教科書でも自在に取り出したりしまったりできます。 そういうわけで私はみんなと同じように、ごく普通の、時には気まぐれな日常生活を送ることができているのです。朝方近くまで勉強することもあれば、全くしないこともあります。私は本当にごく普通のありふれた生徒なのです。ただ、違うことといえば暗闇の中で本を読むことができるということくらいです。 点字を使って勉強し、いい成績を修めることができたことで、大学に進学することになりました。以前の視覚障害者とは違い、今では晴眼者と同じだけの就職のチャンスがあります。私には、他の人とは少し違う方法とはいえ、読み書き能力があるので、働く場が限定されることはありません。臨床心理学という夢を追い求め、刺激的な職業につくことへの自信を持つことができたのです。私は点字の幅広い知識をもっているので、この文字を使った貴重なコミュニケーション能力を教えることもできます。ほかの人でも点字が読めたら得することがあるかもしれません。 点字が視覚障害者の文字だと受け入れられ、認知され、学びたい人に自由に教えられる世界に住んでいるのは幸いなことです。3歳でがんのために視力を失った時に閉じられた、すべてのドアを点字は開いてくれました。リーウィン号のてっぺんにいる時も、教室にいる時も、私は友達と対等なのです。目の見えるどの友達とも同じように文章が読めるからです。 点字を使えるようになったことで始まった、この信じられないほどの進歩は、注目に値すべきものです。それによって私たち視覚障害者は日常生活に完全に参加し、ふさわしい報酬を受け取れるようになったのですから。私たちは、文字でのやり取りができないために心を閉ざすというようなことはもうありません。点字と教育の機会、それに精神的な自由によって私たちには力が与えられているのです。点字を読み書きできることは私の人生を変えました。視力と引き換えに失ったさまざまな機会を私に取り戻してくれたからです。私はこの点字という文字によるコミュニケーションの贈り物を大事にしていきたいと思います。自分自身を的確に表現し、目が見えるのが当たり前の世界に対等に参加できるようにしてくれたのですから。 |