| ■海外部門 優秀賞 「点字で成功を成し遂げる」 インドネシア ワシ・クルナエシ(50歳・女性) |
生まれつき目が見えない私にとって、人生の一つ一つが両親や兄弟とは違いました。学校や周りの環境、仕事、すべてが違うのです。でも、少なくとも私自身にとっては、見えないことの方が良いように思います。私は7歳の時に、故郷と大好きな人やもののすべてを後にして60キロ離れたバンドンにある盲学校に入りました。60キロというのは1960年代当初には、とても遠くに感じる距離でした。そして、この街で私は育ち、教育を受け、仕事を得て結婚して今日に至っているのです。 小さな子どもが家から遠く離れて住むのは、簡単なことではありませんでした。いろんなものが恋しかったのですが、とりわけ恋しかったのは寝る前に母がしてくれるお話でした。それと同時に、盲学校に入るに、母が一生懸命私に言い聞かせてくれたことも、いつも思い出していました。「お前も自分でお話が読めるようになるんだよ」と、母はよく言っていました。実際、母の言うとおりでした。学校には目の見えない子供のための本が図書室にとてもたくさんありました。その本を読みたい一心で、点字を早くマスターしようと一生懸命勉強しました。 今でもとてもよく覚えているのですが、最初に図書室から借りた本は「ピノキオ」でした。それがとても面白かったので、私は何度も何度も読みました。しまいに休暇で家に帰る時にもその本を持って帰り、村のお友達に読んであげました。みんな感心していました。お話に感心しただけでなく、私が点字を、みんなには読めない点字を読めるということに驚き感心したのです。何人かにどうやって点字を書くのか教えてくれと言われ、実際教えてあげました。私は優越感に浸りました。もっとみんなの気を引くために、「紙のお金」をいくつか作り、額面を点字で打ちました。それを使って「売り買いゲーム」をしたのです。皆はその「紙幣」の価値を私に確認しなくてはいけないものですから、私は自分がいかに重要な存在かを感じたのを覚えています。 休暇が終わり学校に戻ると、先生はみんなに休みの間をどのように過ごしたか作文を書くように言い、書いたものをみんなの前で読むことになりました。私は5人いる4年生の最後でしたが、私が読み終わると先生は言いました。「彼女はお金の女王ってとこかな?」クラスメートはみな拍手喝采してくれました。 次に点字のおかげで成功したのは普通高校に進んだ1年生の時でした。学校で催された文芸発表会にある短編を書いて出したのです。クラスメートの1人が活字に書き写すのを手伝ってくれました。すると、発表会を見に来たあるジャーナリストがその短編に興味を持ち、彼の勤める「Saura Karya Daily」紙に載せてもいいかと言ってきたのです。やがて本当に新聞に掲載され、原稿料までもらったのです! 本当にうれしくてびっくりしました。人生で初めてお金を稼いだこの経験で、もっと文章を書くことを学ぼうという気になったのです。 高校を出ると大学に進み、インドネシア文学を専攻しました。もちろん点字は勉強に役に立ちましたが、さらに友達を作るのにも点字が役に立ちました。みんな好奇心からアルファベットを紙に点字で書いてくれとか、ノートに名前を書いてくれと言ってきて、それがきっかけとなり友達になったのです。 1979年に大学を卒業して教職を志望し、子どもの時に通った盲学校にインドネシア語の教師として採用されました。私は今もたくさんの目の見えない子どもたちに点字を教えており、その仕事にはとても満足しています。 就職1年後、結婚し、本当の意味で独立した大人の生活を始めることになりました。結婚生活でもまた点字が日々の生活にとても役に立っていることに気がつきました。夫も盲人なのですが、砂糖や塩、コーヒー、紅茶、などなどいろんな種類のビンを見分けるために、私たちはビンに点字ラベルを張っています。同じように証明書などの大事な書類にも点字で印をつけています。 文芸作品を書きたいという望みは、1983年に童話コンテストに参加するチャンスがあり、その時初めてかなえることができました。コンテストは全国にある障害児教育学校の教師を対象に、初等教育局によって開催されたものでした。夫も点字原稿をタイプライターで活字に変えるのを手伝ってくれました。(その当時は盲人のためのコンピューターはインドネシアでまだ知られていなかったのです。) 原稿をジャカルタの選考委員会に送り、数カ月後に優勝したとの知らせを受けました。 その3年後にも再び優勝しました。この2度目の優勝は、とても思い出深いものになりました。というのも、メダルと賞金を受け取るために、当時まだほんの数カ月の赤ちゃんだった次男をジャカルタまで連れて行ったからです。優勝した2作品はそれぞれ別の出版社から出版され、インドネシア中の学校の図書室にある児童書の1冊に加えられています。 こういったことを私が成し遂げることができ、また容易に日常生活を送り、楽しめるのは、みなルイ・ブライユのおかげです。彼のおかげで世界中の盲人が文字の世界を知ることができるようになったのですから。 |