■ 国内の部 佳作 「この子とともに」 滋賀県大津市・濱本捷子(はまもと かつこ)(65歳) (主婦) |
1995年の春に初代の盲導犬パーシャが私のもとへ来てくれました。その子はクリーム色のラブラドールで知性、品性豊かなとてもやさしい女の子でした。パーシャが9年間の任務を終えて、私のもとを去り、その半年後に今寄り添ってくれているドゥーリーが2代目の盲導犬として、我が家へ来てくれました。この子は、目も鼻も爪の先まで真っ黒なラブラドールです。やんちゃな男の子ですが、甘えん坊で人懐っこい性格は周りの人をなごませてくれる良き存在となっています。この子たちのおかげで、失明後の私の世界が大きく広がりました。そして、人々との良き出会いがあり、様々なエピソードも生まれました。 あるとき、京都の地下街を歩いていて迷子になってしまいました。地下街は独特の雰囲気があり、耳からの手掛かりが取りにくい場所です。思案の末、いったん地上へ出てみることにしました。「階段を見つけなさい」の命令にパーシャが素早く反応し、上り階段を見つけてくれました。でも、その階段は妙に静かで不気味です。人の気配もありません。不安な気持ちを抑えながら上がっていくと、踊り場の辺りで何やら新聞紙でもたたむような音がして、いきなり「どこへ行くんや?」とドスの利いた低い男の声です。私の目が見えていたら恐ろしくてその場からすっ飛んで逃げたと思います。けれども逃げられない私は、思わず「すみません! 私をバスの乗り場まで連れて行ってください!」と叫んでしまいました。 私たちの出現に相手も驚いたと思いますが、とにかく私の手を引っ張って外へ連れ出し、バスの乗り場まで送ってくれました。そして、別れ際にポケットからお金を出して私の手に握らせて、「わしは、こんなやつを見たら泣けてきてしょうがないんや。こいつに何かうまいもん食わしたってくれ」とおっしゃるのです。仕事もなく行く当てもない人だったかも知れません。それなのに百円玉を四つも握らせてくださるのでした。胸にじんと応える出会いです。 あまり評判の良くない中学校へ授業のお手伝いに出かけたときのことです。手話や点字、車いす体験や盲導犬の話を聞くなどいくつものグループに分かれての人権学習でした。盲導犬の話をする私の教室には30人ほどの生徒が集まりました。生意気ざかりの雰囲気が伝わってきます。「うまくいくかな?」と不安になりました。ところが、どの子も意外におとなしく私の話を聞き、良い質問も出てまずは成功です。ほっとして控え室に戻ってくると、その後を追いかけて先生方も集まってこられました。そして、何やら興奮した口調で授業の様子を校長先生に告げていらっしゃいます。「あのTが、あのHが60分もの間、おとなしく話を聞いていたんです! 信じられません!」。聞いてみると、その学校の札付きの悪の連中がそろって盲導犬の教室に集まっていたとおっしゃるのです。普段なら、授業が始まってものの10分も経たないうちに教室を飛び出して、よその授業の邪魔をしに行くような連中とか? そんなやんちゃな生徒を長時間黙らせておくだけの力量が私にあるとはとても思えません。おそらく「ダウン・ステイ」の命令に服従し、身動き一つせず彼らを見つめ続けていた盲導犬のつぶらな瞳が、生意気ざかりをくぎ付けにしていたと思うのです。ドゥーリーが見事にゲストティーチャーの役目を果たしてくれました。 ある夏の日、砂利採取を仕事にしている会社から講演の依頼を受けて出かけました。珍しいケースです。盲導犬の話を聞いてくださるのは、毎日大型のダンプカーをぶっ飛ばして砂利を運ぶ、いわゆる「トラック野郎」のにいちゃんやおじさんばかりです。話し始めてしばらくすると、会場が妙にしんと静まり返ってしまいました。夏の日の午後です。みなさんがお疲れで、私の話を子守歌にお昼寝かも? とか思ったら何だか気が抜けてしまいました。ところが、話を終えたとたんにびっくりするほどの大きな拍手がわきました。 控え室での社長さんのお話です。「けなげに働くこんな子に見つめられたら、昼寝どころじゃありません。おかげさんで私のもくろみがうまくいきそうです。実は、今日は夏のボーナスを支給する日です。あなたの話を聞き、盲導犬のけなげな姿を見せてもらったら、寄り道せんと今日はみんなボーナス持って真っすぐに帰りまっしゃろ。いつもなら給料を渡しても、賭けマージャンやら飲み屋で使い果たしてしまう連中もいてますが、今夜はどの家でもボーナスをそっくり持って帰ったおとうちゃんを囲んで、家族みんなが喜んでくれますやろ」。穏やかな社長さんのお話ぶりに私もうれしくなりました。 以前、やはり盲導犬とのつながりで比叡山の大阿闍梨様にお目にかかるご縁をいただいたことがありました。千日回峰というとてつもない苦行を成し遂げられて、今も日々「祈り」を行としておられる徳の高いお坊様です。そんな方が私に向かっておっしゃいました。「目が見えんというのはたいへんな修行やなあ。死ぬまで続けんならん修行や」。大阿闍梨様からそんな一ことを言ってもらって、恐縮するばかりの私でした。世界の平和を語るなど、そんな大きなことはできないけれど、ひたすら沈黙を守り純な心で寄り添ってくれるこの子とともに、いただいた「盲目もまた修行」の言葉を深く噛みしめながら、小さな幸せを大切にして生きていかねばと思うこのごろです。 |