■国内の部 最優秀オーツキ賞
「命を輝かせる − 心の目を開いて」
広島県広島市 今井敏代(いまい としよ)(47歳)
(広島ハーネスの会=盲導犬への理解を深める会)

写真-今井敏代
  「がんばりんさいよ! 見えんようになったのは『この子ならがんばれる』そう考えて、神様が選んだ強い人に与えた試練じゃ。あんたならがんばれるよ」
(冗談じゃあない! 神様、私はそんな強い人間ではありません。だれよりも臆病(おくびょう)で、だれよりも情けない人間です。この大きすぎる運命を、とても受け入れることはできません。あなたは間違えられたに違いない。あなたの選んだ強い彼女は、きっと私の隣にいたのでしょう。どうぞ今からでも訂正なさってください。私に目を、視力を返してください)
  励ましの言葉に対して、私は心の中で叫び続けた。けれど、数カ月後、私は自分の運命を受け入れていた。今できることをがんばろう、できることを一つ一つ増やしていこう。私には視力も片耳の聴力も、臭覚もないけれど、まだ片耳の聴覚が残されている。
  悟りの境地に至った私だった、というとかっこいいけれど、30数年、脳腫瘍(しゅよう)というこの病の黒い影と闘い続けて、暗闇のどん底を這いずり回ったすえに達した結論だった。
  不安に満ちた暗闇の世界。心の中さえも暗闇色に塗り孤独感に押しつぶされそうな日々。こんな世界から歩き出そう。できることを一つ一つ増やしていこう。失敗を恐れない!
  危険だから動いてはいけないと、家の中で一歩歩くことさえ家族に禁止された。その反対を押し切って、さまざまなことに挑戦した。見えない目でも掃除機をかけることはできる! 掃除をしているとブオーン!!と奇妙な音。何か大切なものを吸い込んでしまったか…。こんな繰り返しだけれど、何とか自分の部屋を管理できるようになった。料理もできるはず! じゃがいも、にんじんと刻めば、あれれ、何だか奇妙な形に刻んでしまったみたい…。それでも失敗を繰り返していると、勘が戻ってきて、見えるころと変わりなく包丁が使えるようになった。白杖での歩行訓練も受けた。人の助けなく、行きたいときに行きたいところへ、自分の意思で歩きたい。白い杖は目の代わり。合格点をもらった地点は歩けるはずなのに、近所で迷子になってしまって、惨めさに涙が出てくる。それでも少しずつ距離を伸ばし、電車やバスを使って遠い町まで行けるようになった。
  点字も何とか身につけた。六つの点で文字ができるなんて、こんな小さな点を指で読み取るなんて人間のすることじゃない!なんて思ったけれど、肩こりと眼痛と闘いながらがんばった。読むことは書くことの3倍以上のエネルギーと努力を必要としたけれど、成せば成る!の精神で習得することができた。
  人は目で8割を判断するという。景色や装飾を目で楽しみ人も見かけで第一印象を決める。映像も文章も目で読む。これらすべてを触覚と聴覚でしなければならなくなった。声や話し方で人の印象を決めた。音や声、触覚でその場の雰囲気を感じ想像した。耳は研ぎ澄まされ、敏感になった。触覚もより細かい部分まで判断できるようになった。
  点字を打ち読むことができるようになっても、見えるときの読書の感動はないと思っていた。けれど、エッセーを読み、面白さに笑ってしまった。詩を読み涙してしまった。ああ、指で読んでも読書の感動はやってくるのだ、本当に点字が読めるというのは、こういうことなのだと分かった。たとえ視力を失っても読書を楽しむことはできるのだ。
  いい音楽を聴いていると目を閉じて聴いていた。ああいい音楽は見えるときもこういうふうに目を閉じて、楽しんでいた。見えない人間にとって音は判断のための材料だけでなく、見えるときと同じように心を和ませてくれる大切なもの。
  気がついたら、今まで不可能だったたくさんのことが、できることに変わっていた。暗闇の心の中に灯(あか)りがともっていた。
  訓練を受けて盲導犬のキキとも歩けるようになった。キキは白杖では味わえない、風や光を味わいながら歩く楽しさを私に返してくれた。そればかりでなく多くの目には見えない宝物を与えてくれ、心の中を明るく照らしてくれた。企業、団体、さまざまな学校が講演という社会参加の機会を与えてくれた。社会の中で自分の存在価値を見つけることのできなかった私に、生きる場所があるのだと教えてくれた。
  子どもたちが講演の感想と感動をカセットテープ、CD、MDに入れて、点字の手紙と、形を変えて送ってくれる。その声に感動し、エネルギーをもらう。
  「キキ、いつも死に神に追いかけられていて、何度も死にかけたけれど、生きていてよかった。目が見えなくても臭(にお)いが分からなくても、片耳が聞こえなくても、私は一個の人間。生きる命があるんだものね」
  (そんなの当たり前じゃない。命の重さは皆同じなんだもの)
  キキの声が聞こえてきた。

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