■海外の部 ABU地域 優秀賞 (シニア・グループ) 「点字と音声機器」 インド P.S.スリニバサン(38歳・男性) |
(はじめに) 最も教養のある人とは、さまざまな事柄について情報をどこで見つけることができるかを知っている人でしょう。情報があふれているこの世の中では、われわれは象牙の塔にこもり、周りで起こっている出来事に注意を払わずに満足した生活を送ることはできません。 A.L.テニスンは詩の一節で貴重な言葉を残しています。「沈みゆく星のように、人間の思考の限界を超えて知識を追求せよ」視覚に障害を持つ人は、世の中の知識や情報を得られなければ、二重に障害を負うことになります。アダムが視覚に障害を持っていたとしたら、イブの代わりに点字を選んだでしょう。視覚障害者の生活を改善させた点字は、世界への窓を開く、すべての発明の母です。 (視覚障害者の心にある点字) 著名な教育者たちによると、学習の83パーセントが視覚、13パーセントが聴覚、3.5パーセントが嗅覚、1.5パーセントが触覚、1.0パーセントが味覚を通して行われると言います。それは障害を持たない人にとっては本当かもしれません。 しかし、視覚障害者の場合、学習の83パーセントは触覚を通じて行われると私は強く信じています。点字によって「読む」ことは、視覚障害を持つ人が知識や情報を受け取る一番良い手段のひとつだろうと思います。未来を切り開く見識は、点字の1点1点を読むことから始まることを決して忘れません。 指の下に点字があることで、広大な世界が指先に広がっている、といってもいいすぎではありません。指先の繊細な感覚は、世界の七つの不思議や、文字通り太陽の下にあるものすべてを示してくれます。 点字は他のどんな発明物よりも、はるかに見える世界と見えない世界の溝を埋めました。点字は競争社会の中で生きていく、われわれを平等なプレーヤーにし、平等なプレーヤーになることを心の底から望んでいた多くの視覚障害者に喜びの時を運んできました。 視覚障害者にとっては、点字のない世界は、まるで舵のないボート、節のない歌、命のない体のようです。私はバイロン卿の本にあったすばらしい言葉を思い出します。「私の決して裏切らない友は、日々語り合える友である」。私の生活を変え、何百万人もの生活を変えた点字は、私の「決して裏切らない友」との会話を助け、長く生き続けます。 (点字の書物と音声機器) 音声機器は、視覚障害者が知識や情報を得るために使うことしかできませんが、点字の応用範囲は、われわれよりずっと不利な立場に置かれている盲ろう者にも広がります。 音声機器によるリスニングは発音を向上させると主張するかもしれませんが、正確なつづりと句読法は学習には重要で、それらを学ぶには点字を通してのみ可能となります。つづりと句読法を学ぶことは、学習と言語の友好的な使い方を身につけるために重要な役割を果たします。 点字は電車の中でもバスの中でもわれわれが選ぶいかなる場所で読むことができます。それに対して音声機器は、そうはいきません。点字は忠実な召使です。反対に音声機器は、ただ独裁的な主人のようです。音声機器は、電力が不足している間は役に立ちません。しかしすべてにおいて力強い点字は、たとえ電力がなくても「読む権利」をわれわれに与えてくれます。 音声機器を長時間聞き続けていると、長い目で見ると、次第に聴力の低下を招く可能性がありますが、点字は何時間読んでも健全な効果をもたらします。私の手の中に点字の本があるということは、大きな権威を持った王様のようですが、音声機器を持った私は亡命した王様のようです。われわれが疲れ果て点字が読めないときに良い代替品になりうる音声機器の悪口を言うつもりはありません。しかし点字は、視覚障害者の生活における静かな革命の根源なのです。 (目を覚ますもの) 点字の本や雑誌を読む時間は、知的な飢えや乾きを感じている私を満足させる大好きな物です。あるとき、私は電車の中で点字の雑誌を読んでいました。私の傍らには老人が座っていました。私がページを次々とめくっていると、その老人の興味に火がつき、彼は「点字を指で触って読むということ」について質問してきました。彼のそのような質問は私を深く感動させました。点字についての貴重な情報を少しだけ分かち合った後、彼はその喜びを表し、自分から自らの指で、私の持つ雑誌の点字のボツボツに触れました。触った感想を尋ねると、彼は「まるでポップコーンのようだ」と答えました。彼も私もそのおもしろい答えに噴き出してしまいました。しかしこの良いセンスが現れたとき、彼は点字を正しく「目を覚ます物」と呼びました。その初老の男性の見識にあふれた言葉は的を射ていると思いました。点字は複雑な符号のように見えますが、習得は単純で、使うのも簡単です。 (終わりに) インドのような発展途上にある国では、音声読み上げ機器やほかの近代的な機器は一般的に使われていません。その理由は簡単です。われわれの多くはそれらの機器を買う余裕がないのです。点字は長い時間をかけてゆき渡るでしょう。先進国においても、視覚障害者のための雑誌の読者は、点字の読者が音声の読者数を上回っています。知識や情報を得る過程には終わりはありません。新しい知識を得、知識を更新する努力において、点字のあとにしっかりと立っていようではありませんか。 ルイ・ブライユを永遠にと声をそろえて歌いましょう。 |