■海外の部 WBU−AP地域 優秀賞 (ジュニア・グループ) 「視覚障害とオーディオ機器」 ミャンマー マリア・マコール(23歳・女性) |
日常生活では、私達はいつも厳しい2つの選択に迫られています。ひとつは、やるべきものがなく、慢性的な欠乏感を味わっているか、一見できないと思えた障害に打ち勝ち、希望を持って生きるかです。私の場合は、後者で、第2の選択肢を選んだことに幸せを感じています。 5歳のとき、私は両目の視力を失いました。あまりにも小さいときだったので、これからの人生にどのような影響を及ぼすものか分かりませんでしたが、これからは暗闇のなかで生活しなければならないだろうとは感覚的に分かっていました。このことに大変なショックと恐れと、不安を感じました。だんだん事態の重大さに気づき、絶望に打ちのめされていました。 しかし、私は気持ちを変えて前向きに生活しようと決心しました。本当に有意義な生活を送りたいと思ったのです。でも、どのようにしたらよいのか、答えは手が届くところにはありませんでした。 あるとき、父が私のためにICラジオ・カセットレコーダーを買ってくれました。このレコーダーで私の幸せは大きく広がりました。これまでの明らかに不運な生活に代わり、私の関心事はラジオ・カセットレコーダーでした。ラジオから流れる言葉や歌の歌詞などを聞き、うれしくて楽しくて、本当に心から慰められました。こうした言葉や音楽は、私にとって大変効果のある治療といっても言いすぎではありません。 ラジオから流れるニュースは大変有益なものでした。国内外の興味深い情景やさまざまな有益な知識を取得することができたのです。また、ラジオドラマや録音番組を聴いて楽しみ、そんな中から人生についていろいろと学ぶことができました。ラジオとカセット・テープレコーダーは友であり、有益で楽しい情報を取得するための大切な情報源であり、それによって私の生活は、確実によい方向に向かっていきました。もはや、役に立たないとか、無益だという思いはなくなり、私自身も自信を回復してきました。 私は真剣に自分でできることや、どのようにして学習したら良いのか、とくに読み書きについて目の見える子供たちと同じようにするにはどうしたらよいのかを考えはじめました。 あるとき、点字の読み書きを学ぶことができる盲学校のことを、知ったのです。ただ残念なことに、盲学校に行くには、家や家族、そして慣れ親しんだものから離れなくてはなりませんでした。私と両親と何度も話し合った結果、入学を決めました。 今も学ぶ盲学校で、点字の読み書きを学習することは大変幸せです。歩行訓練を含め、日常生活に必要なさまざまな技術の習得は興味深いものでした。音楽を含め、職業訓練は、将来の生計を立てる準備となりました。私は現在7年生ですが、勉強することをとても幸せに感じています。ラジオやカセットレコーダーなどはかけがえのない財産になりました。楽しみと情報を取り入れるという以上に、学校の教材をテープに吹き込み、繰り返し聴いて勉強しました。私たち視覚障害者学生は、「障害者は有能な人達なのです」という言葉があれば、大変勇気づけられるものです。こうしたスローガンは前進する上で大きな刺激となるものです。目は見えませんが、私たちは自分が何をやりたいのか、よく知っているのです。 今日、世界には多くの障害者がいます。日常的に障害者のことを聞きますし、成功した人の話も聞き、実際に会ったりもします。事実、多くの視覚障害者の業績は、すばらしいものですし、世界を驚かせるものです。故ヘレン・ケラー女史は、その代表的な人ですし、目が見えないばかりか、耳が聞こえず、話もできませんでした。しかしながら、彼女は、そうした困難を切り開き、世界でも著名な人になったのです。そればかりではなく、彼女は、視覚、聴覚の障害を持つ人ばかりでなく、世界の何千万という多くの人達に感動を与え、元気づけたのです。 私はラジオ・カセットレコーダーのお陰で、ヘレンケラー女史の体験や成功と業績を知ることができたのです。視覚に障害を持ったことで、私達はほかの感覚、とくに聴覚の面では健常者よりも長じているといえるでしょう。つまり、オーディオ機器、なかでもラジオ・カセットレコーダーは私達にとって最良の友人、仲間といえるでしょう。オーディオ機器により私達の生活が向上し、それが教育や就労の機会を得ることにつながるのです。また、そうした機器により、さまざまな読み物へアクセスができるようになり、私達が必要としている知識を蓄積し、必要なときに使えるようになるのです。 私に言わせてもらえれば、単にオーディオ機器というべきではないと思います。私にとって先生であり、利益を与えてくれ、なによりも最大の友人なのです。 |