■海外の部 WBU−AP地域 佳作
(シニア・グループ)
「私のコミュニケーション人生航路」  オーストラリア ステファン・スラッキー (50歳・男性)

  2007年8月4日、私はこの世界に生を受けて50年を迎えます。
  私は4歳の時から音声装置を利用し、40年前に点字を習い始めました。「マイ・フェア・レディ」のヒギンズ教授のように、 忘れられない君たちの顔とでもいいましょうか。
ラジオの他に、最初の音声機器として記憶にあるのは、電話(ダイヤル回転式)とフォノシートぐらいでした。点字の読み書きをし、カセットやその他の録音再生機、最近ではコンピューターにも慣れ、10年ほど前から電子点字ノートを使っています。音声ガイドのある携帯電話やいろいろなCDタイプを再生できるMP3プレーヤーの世界にも足を踏み入れつつあるところです!
  60年代にはアイワの録音機でした。70年代はカセットプレーヤーの時代で、4トラック、トーキングブックプレーヤー、姉の古くて巨大なステレオレコードプレーヤー。それから間があいて、90年代はコンピューターと点字ノートに出会いました。
  ヒュー! 戸惑うほどのリストです。実に多くの機器では、どのように私はそれらを利用するのでしょうか?平均的な一日をどのように送っているのでしょう?
離れたところでピーッと鳴る、ブレイルノート、PDA−タイプの音で目を覚まします。多くの機能のうちの1つ、目覚ましを設定しておいたのです。アラームを切るために、すぐに無数に覚えたコマンドのひとつを実行し、うるさいベルを止めます。
  もしかしたら目覚ましは、携帯電話に、内蔵の画面読み上げソフトを使ってセットしておいたものでしょうか? その場合は、ボタンひとつを押して、楽しい着信音をミュートするだけです。
  私の人生が、点字と音声機器によっていかに強化されたかを考えると、私は自分が古いものにこだわる傾向にあることに気がつきました。(ラジオと点字タイプライターに関しては、私は機械らしいものが好きです)
  時々、ベッドから抜け出す前、私は手を伸ばして携帯ラジオをつけ、ニュースや天気を聞きます。この情報を得るのは、毎日の日課になっています。
  典型的な日の朝食後、私は妻と一緒にテーブルについて、聖書を没頭して読みます。妻は墨字を、私はPDAで点字を読んだり、30巻ある点字バイブルの1冊を取り出して読むこともあります。
  私は2つの仕事を持っています。日によって、街へ出かけてアデレードの盲人協会で成人に点字を教えに行っています。行く途中、私は小さな携帯音声読み上げ式MP3プレーヤーを持ち、合成音声や自然な声で吹き込まれた面白い本に耳をかたむけます。オフィスに着くと、コンピューターをつけて、画面読み上げプログラム(JAWS)を起動し、たまった電子メールを読み、生徒を教える準備をします。
  パソコンは、大量の事務の仕事に使っています。その方が速く、晴眼の同僚との通信も簡単だからです。お察しのように、私はどの生徒がどんなトレーニングを必要としているかによって1日中PCとパーキンス点字タイプライター、ブレイルノートPDAを使い分けています。この仕事では、自分のPCに点字打ち出し機を接続して、とてもよくできたダクスバリ翻訳プログラムを使い、生徒のニーズにぴったりあった書類を作成しています。私はこのオプション機能を大変評価しています。
  私のもうひとつの仕事(人生における主な職業)のための日なら、点字とJAWS対応コンピューターを手放せません。現在、私のブレイルノート上にインストールされているコンサイスオックスフォード辞典の謄本を受け取った時には、大変喜びました。私は教会の牧師をしています。この辞典をブレイルノートにインストールしてあるので、執筆中単語の意味をしらべたり、類義語を探したりするのに役立ちます。
  このように、私の説教を点字ディスプレイによみがえらせ、会衆の前で姿勢を正しく保ちながらそれを読みます。ですから、常に会衆と完全なアイコンタクトを維持しているのです。私は原稿を見るために下を向く必要がないのです。
  私にとって、最近のうれしいことは、私のブレイルノートからもアクセスできる特別設計のGPSソフトウェアを使うことができるようになりました。 このソフトウェアは、既にたくさんの視覚障害者に使われており、初めて行く場所や、慣れた場所へ行く場合も、周りに何があるのかを知ることができるのです。私は、このソフトにより家から旅先までの行程を組み立てたり、私が選んだ道順を歩くときにすべて点字によるガイダンスを受けることができるのです。
  さて、点字と音声装置は私にとってどんな意味があるのでしょうか?
  最初に話したいのは、それらがなければ、私は他者とコミュニケーションをとることができませんし、現在楽しんでいるような形でコミュニケーションをとることもできません。私は点字が、視覚障害者の生活の重要な基盤となり、音声はそれを彩るものであると固く信じています。
  二つ目に、お気に入りのジャンルの本や雑誌を点字で読み、好きな音楽やラジオを聴くことができます。音声による本、講演、雑誌はいうまでもなく、私の趣味はそれらによって大いに広がりました。
  三番目に、私の仕事は点字と音声機器がなければ、大変困難を極めていたでしょう。 私の妻は、私の音声ソフト、JAWSを入れたコンピューターに愛憎を持っています。(愛情とは、自由を私にあたえてくれたということです。憎らしく思っているのは、終わりのない電子メールに費やさざるを得ないことです)
  四番目に、 点字と音声機器が消えてしまったら、人としての尊厳と価値がむしばまれてしまうでしょう。対話やかかわりあうことがなくなったら、生活は今よりもずっと味気ないものになってしまうでしょう!


このページは音声読み上げソフトに対応するため配慮していますが、
本来の読み方とは異なることがありますので、ご了承ください。


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