■海外の部 WBU−AP地域 佳作
(シニア・グループ)
「点字や音声機器で生活を豊かに」  ミャンマー ダウ・ロイ・サイン (30 歳・女性)

  点字と音声機器は、目が見えない女性である私にとって、大きな助けと支えになっています。点字がなくては、私のような視覚障害者は、社会から取り残され、社会的に低く見られ、役立たないものとして扱われるでしょう。点字があってこそ真摯(しんし)で価値ある友として、視覚障害者はもう一度あたりまえの生活を取り戻せるのです。
  私が子どものころ、街から遠く離れた小さな村に両親と一緒に住んでいました。家庭は豊かではなかったので、教育の機会に恵まれませんでした。
  幸運にも、ある日、私の両親は私にラジオの操作方法を教えてくれました。両親とも働いていたので、私が昼間家でひとりぼっちにならないようにしてくれたのです。また、両親が外で働いている間、家の中の面倒をみる役割をもたされました。
  時々、私は村の中を散歩したりしたものです。そんな時、同年代の子供たちは、私が歩いて来るのをみると、私の行く先々に障害物を置いて、私がつまずいて転ぶようにしかけました。彼らは、私が転ぶ様子を見て、とても面白がっていました。私の手足は、運動が足りないせいで弱かったのです。だから同年代の子供たちにとって、私を引きずりまわして地面につきとばすことなど、簡単だったのです。私が泣き叫ぶのをみるのは、彼らにとって格好の娯楽でした
  家の中では、私はラジオを友として喜びを得ていました。ラジオでは歌や音楽を聴くことができましたし、社会の一般常識をあたえてもくれました。ラジオがあると、うれしくて、そこから聞こえてきたさまざまなことは、私を大いに勇気づけてもくれました。そんな中で次第に、私は教育の重要性と必要性に気づきました。私の人生に花が咲き始めたように感じました。
  1982年6月、盲学校に入ることができた時にはわくわくした気分でした。初めのころは、点字を覚えるのに大変苦労しました。けれども、点字の重要性が分かっていましたので、一生懸命勉強し、愛情を持って多大な努力を注ぎました。数カ月奮闘した後、ついに使いこなす技術を身に付けました。本当に、点字は私を過去、現在、未来に連れて行ってくれるガイドのようなものだと思います。点字は、私のような視覚障害者に教育の恩恵を与えてくれる、何ものにも代えがたい大事なものです。
  2002年12月22日は、私の人生のなかで最も誇らしい日でした。なぜならこの日が、最終教育の卒業の日だったからです。その時を境に、私を見下してきた人たちや私の障害をからかってきた人たちが、今では仲の良い友達になりました。彼らは私を愛情と尊敬を持って扱ってくれるようになり、相談事やアドバイスを求めてくることさえあります。このすばらしい変化が起ったのは、点字が私の人生に知識と教育をもたらしてくれたからです。
  ラジオのほかにも、今私はカセットレコーダーやMP3、CDプレーヤーのような他の音声装置にコンピューター、音声時計なども利用して、生活に彩りを添えています。CDやMP3から歌を覚え、ラジオから知識を得て、私は精神的に強くなりましたし、今では生きている意味をもっと感じるようになりました。
  コンピューターを使うことによって、簡単に手紙が書けるようになりました。Dectalkソフトウェアプログラムがスペルのミスを訂正してくれます。コンピューターに相手とやりとりした手紙を安全かつ適切に保存しておくことができるのも、とてもうれしいことです。本当に、コンピューターの登場は、私のような視覚障害者にとって、大きな利益と特別なサービスをもたらしてくれました。
  音声時計も、もうひとつの貴重な用具です。時間を知る為の唯一の方法として、頼りにしています。時計のボタンを押すといつも、「歳月人を待たず」ということわざを思い出します。私の音声時計は、私に時間の大切さや決して時間を無駄にしてはいけないことを気づかせてくれます。だからこそ、私は時間に正確に職場へ行き、貴重な時間を無駄にしないようにしています。
  点字や音声機器は、私にとって本当に仲の良い友達のような存在です。なぜなら私たちの生活の空白を埋めてくれるからです。私たちの日常の活動をまちがいなく、効率よく行うための力になってくれます。 それらに助けられて、私たちは目が見えないにもかかわらず、自分たちは勝者だと、世界に向かって宣言できるのです。


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