海外の部 WBU-AP地域 最優秀オーツキ賞
視覚障害者としての私の人生におけるポジティブな経験と機会
マレーシア   リム・ユー・イー(33歳・男性)

「自分に限界があることはほとんど考えないし、そのために悲しくなったりしない」。このヘレンケラーの言葉は、私が生きていくうえで毎日私を元気づけてくれます。
失明した時、「私は、仕事を見つけられるかしら」、「盲人としてどうやって生きていこうか?」「両親の世話はどうしよう?」などといつも自問していました。ある日、このヘレンケラーの言葉に出会い、それは人生で最善を尽くして頑張り続ける理由を与えてくれました。
十代のころに、緑内障と診断され、20歳の時に失明しました。点字は読めませんでしたが、そのままの生活をつづけました。また、点字で書かれた書物がない時もほとんどあきらめかけていました。しかし、高校で試験のために点字を読むことを学び始めました。卒業後、ほとんど一年間ほど、自宅で何もしないで過ごしていた時に、このヘレンケラーの言葉に出会ったのです。仕事を見つけるために、政府団体を含め120通ほどの手紙を書き始めました。
返事がもらえないか、もらえても悪い結果の返事をもらうのが一か月続いた後、ある会社から、面接に来ないかと言われました。面接後、また一か月ほど返事を待ちました。その後連絡が入り、仕事に来るように言われました。この吉報で、家族がとても喜んでくれるだろうと感じました。その時基本的なコンピューターのスキルを身に着けていたので、工場で事務の仕事をすることができたのです。ある日、国際コンピュータードライビングライセンス(ICDL)の資格を取るためのコースがあることを知り、コースを受講したい旨を上司に伝えましたが、半年もの間仕事を離れなければならないため、却下されてしまいました。私の家族は、私が資格を取っても別の仕事にありつけないだろうと反対されましたが、私は仕事を辞めてしまいました。ヘレンケラーの言葉と精神に支えられ、私は無事にコースを修了し、ICDLの証書を受け取りました。現在は、そのコースを指導しています。すごいでしょう!
コース終了後、セント・ニコラス・ホームのボランティアとして受け入れられました。3か月後、DAISY(デジタル情報システム)プロジェクトの技術者に任命され、1200本のオーディオ本を作成しました。問題が次から次への発生し、大変でしたが、コンピューターへの情熱が強まり、知識が増え、仕事を成し遂げることができました。仕事において、幸運なことに、イケダ・テルコICT コースや10か月にわたる第14回ダスキン・リーダーシップトレーニングなどを日本で受講することができました。各コースごとに、新しい知識が増え、技能を習得することができました。このようなプログラムに参加する機会が与えられたことは、とても幸運だったと思います。
日本滞在中、DAISY (デジタル情報システム)を使ってのオーディオ本や点字本の作成、およびそれをウェブサイトにアップロードする方法などを学びました。その他、白杖やその他の手工芸品の作り方を学ぶ機会にも恵まれました。東京でコンピューターを学ぶ機会を逃しませんでした。その他、日本に住む視覚障害者たちの文化や生活様式を知る機会も得ました。先生や友達、その他一般の日本人とコミュニケートするために、3か月以内に日本語を習得する必要がありました。日本では英語はそれほど一般的に使われていませんから。大変でしたが、多くを学びました。
コース終了後、マレーシアに戻り、国の視覚障害者と新しく学んだことを分かち合いました。視覚障害者協会のケダ部門の書記官に任命されました。また、アクセス・チームに加わり、ペナン地方を視覚障害者にとってもっとアクセルしやすくする仕事もしました。また、今日入手できる最新の技術を用いて、コースを準備し、教える機会も与えられました。

私は、自立してビジネスをすることを学びました。セント・ニコラス・ホームでコンピュータを教える定職も持っています。そこでは、2009年に、デジタル情報システムの技術者として働き始めましたが、2014年には、コンピューターの指導者になりました。今までに、120人もの研修生を指導し、彼らは、無事にコースを修了しました。現在、ウィンドウズ、マイクロソフトオフィス、インターネットエクスプローラー、プログラミングの基礎、ビデオやオーディオの編集などのコースを指導しています。またセント・ニコラス・ホームに通うことができない生徒の家庭教師もしています。教師になるなんて考えてもいませんでしたが、実際そうなったのです。
失明後も普通の生活を送ろうと努力し、私の人生はとても充実しています。ビーチで1、2時間泳いだり、波と戯れたりします。友達と外出し、いろいろな場所で外食を楽しんでいます。映画に行くのも好きですが、いい映画が上映されている時だけ出かけます。日曜日は、その週の仕事の計画を立てます。素晴らしい機会に恵まれたおかげで、目は見えませんが、自分の人生に満足しています。両親を経済的に支援したりすることもできますし、最近、小さい自分の家を購入することができました。
目が不自由になってからも、自立して、マレーシアやその他の国で素晴らしい経験をすることができました。困難に直面しても、晴眼者と変わらず、わたしも困難を乗り越え、間違いや失敗から学ぼうとしています。ヘレンケラーがやったように、私も常にトライするつもりです。
ヘレンケラーは、「すべてのものに、素晴らしいものが存在する。暗闇や沈黙にも。人生は、素晴らしい冒険か、何もないかのどちらかである」。私は、ヘレンケラーのように、冒険に満ちた人生を生きたいと思います。