海外の部 EBU地域 ジュニア・グループ 佳作
「点字のある生活」
ロシア  ワレリー・ボイロフニコフ(15歳・男性)
 読者の皆さん、ほとんど生まれたときから、自分のまわりの世界を指先で認識してきた男の子の話をしましょう。息子の目が見えないと知ったとき、両親はひどくショックを受けました。しかし、彼らは気を取り直して、生活を営み続けました。目の見えない子供を育てるのと目の見える子供を育てるのには、何か違いがあるのでしょうか。違いはありません。しかし、目の見えない子供を育てるには、より多くの寛容と愛と熱意が必要です。自然は人間に、視覚以外にも聴覚、嗅覚、触覚などの感覚を与えてくれました。そういった感覚のおかげで、彼らの息子は自分の周りの世界についての情報を得ることができたのです。小さな子供が、知的にも身体的にも成熟した一人の人格となり、自立して生活し、教育を受け、仕事を見つけて、家族を持ち、一人前の社会人となるまでの長い間、両親は一生懸命働かなければなりませんでした。
 一見すると、この家族には何も特別なことが起こらなかったように思えるかもしれません、しかし、いつもそうだったわけではありません。母親は朝から晩まで、息子に自分が何をしているかを説明し、息子がいままで知らなかったものに触れると、それが何かを説明してやりました。話題がなくなると、母親は詩やおとぎ話を読んで聞かせたり、歌を歌ったりしましたが、それが息子の記憶力を開発することになるとは知りませんでした。父親は、よく息子を連れて、遊具のある近くの公園に散歩に行きました。通りすがりの人々は、鉄棒や運動用の階段を使って、さまざまな運動をしている子供が盲目だとは想像もできなかったでしょう。週末には、家族そろって、森や避暑地のコテージに散歩に行きました。両親は、息子に鳥の歌声を聴かせ、木の葉、花、草、ペットの子猫、毛虫やカエルまで、さわれるものには全てさわらせました。それは息子にとって必要なことでした。というのも、そうすることで初めて、彼は周りの世界、つまり自分が生きていかなければならない世界を感じることができたのです。
 年月が過ぎ、男の子は既に7歳になりました。両親は、息子に教育を受けさせるという問題に直面しました。男の子には特別なシステムによる教育が必要でしたが、市にはそのような教育機関がなく、両親は小さい息子を別な市にある寄宿学校にやりたくはありませんでした。どうすればよいでしょう。しかし、そこで、思いもよらない出来事が起こりました。彼らは、個人で点字を教えている、とても寛容で真面目で優秀な教師と知り合ったのです。男の子にとって、点字の授業はとても難しいものに思えました。当時の彼は、点字が将来への扉を開き、完全に自立する手助けをしてくれるものであることに気づいていませんでした。
 月日が流れ、父親と母親は、学校のカリキュラムに従って読み書きを始めた息子の指の下で、点の組み合わせが単語や文章に変換されるのをうれしそうに見つめていました。男の子は読書、特に、全盲や弱視の人たちのための特別な図書館から父親が借りてくる歴史や生物学の本を読むのに夢中になりました。
 5年後、彼らの住む市に、障害のある子供のための遠隔教育センターができたので、男の子はそこで勉強を続けました。また、新たに優秀な教師が現れ、男の子が授業科目に興味を持つよう、親切に指導してくれました。男の子は本を読むのが好きで、優秀な成績をとっていました。しかし、彼はそれだけでは満足できませんでした。「普通の子供が参加する国内や国際レベルのコンテストに参加してみたらどう?」。母親が提案しました。彼はコンテストに参加して賞をとり、両親や教師たちの誇りとなりました。生物の授業を受けると、男の子―いやもう既に若者になっていましたが―は、いつも同じ問題に直面していました。点字で書かれた生物学の文献がないことです。彼は自分の故郷の自然に関する本に興味を持っていましたが、それについて書かれた本はありませんでした。「ないのなら、作ればいい」。彼はそう考えたのです。
 そこで彼は、自分の出身地方の自然についての案内を作ることを思いつきました。点字で書かれ、レリーフ画像がついた案内書です。生物の教師や両親も賛成してくれました。こうして、1年以上にわたる長くつらい作業が始まったのです。彼は1年に1冊ずつ書くことに決めました。点字で90ページ書き、レリーフのアプリケーションを12作りましたが、それでも全体の作業の半分に過ぎませんでした。彼は、本を必ず完成させて、図書館に寄付しようという信念を持っていました。将来いつか、子供か大人(ちょうど彼のような)が図書館に来て、彼が作った本を書棚から取り出して読み、自分では見ることのできない、彼の地方の美しい場所や自然について多くの興味深い事実を学ぶこと、そして、それを可能にしたこの本や点字のシステムに感謝の念を抱くことを、彼は願っていました。
 この夢は徐々に実現しています。しかし、フランス人の15歳の男の子ルイ・ブライユが作り上げた点字というユニークなシステムがなければ、この夢は夢で終わっていたでしょう。ルイ・ブライユは、「夜の子ども(The Night Child)」で知られており、視覚障害者に読み書きの機会を与えることで、その短い生涯を視覚障害者のために捧げたフランスの偉人です。
 読者の皆さん、これでお話は終わりです。この男の子の運命は誰にもわかりません。しかし、彼がその人生で多くの業績を残し、自らの夢を実現させることを期待しようではありませんか。