海外の部 EBU地域 シニア・グループ 優秀賞
「印刷文字と点字の比較:利点と欠点――私たちにできること」
イギリス  リン・ストリート(58歳・女性)
 私は視覚障害を持って生まれましたが、幼いときは、それはほとんど問題ではありませんでした。サマーセットの農場に住んでいたので、私の両親は、遊び、探検し、学ぶ自由という貴重な贈り物を私に与えてくれました。5歳になるころには、私は自信あふれ、活動的で、印刷アルファベットをすでに覚えてしまいました。
 学校では、じっと座って、指示されたことをしなければならなかったため、私にとってはショックでした。学校の始まった日に、点字板が渡されました。いっぱい穴が開いた板と数多くのピンです。穴にピンを差し込んで点字の文字を綴(つず)るように作られたものでした。私には、これは意味がないように思われ、興味を持てませんでした。探検したい野原や、乗りたい自転車があるのに。ちなみに、衛生安全庁が点字の板を教室での課題にするのではと恐れています。そのあとで、私は、スティンビイーの本を与えられ、「猫がマットに座っている」が読めるようになりました。点字は私にとって、おそらく大切な2番目の贈り物だったのです。それ以来、私の人生にとって重要なツールとして役に立っています。私の可能性をフルに引き出し、何時間にもわたる読書の楽しみを与え、人生の手助けとなってくれています。
 もちろん視覚障害者として、困難なことはありますが、楽しいこともあります。大変なこととバランスをとるために、よいこともあるはずでしょう? 
 まず、二つの利点を挙げることができます。
 運転をしないので、いつでもお酒が飲める
 上司のペンを借用して返さないことで、決して疑われることはない
 また、点字と印刷した文字を比較すると、次の七つの楽しくて興味深い利点を挙げることができます。
 まず最初の利点は、一番わかりきったことですが、点字は暗闇でも読めること。私はある日、電車で本を読んでいたのですが、電灯が消えたことに気が付きました。そのあと電車はすぐにトンネルに入り、真っ暗になりました。私の周りで新聞をめくる音が消え、皆静かになり身動きしなくなりました。電気がないと、ほかの旅行者の動きがまるで止まってしまったようになったのです。私はにっこりとほほ笑みながら読書を続けました。飛び上がって、「電気が戻るまで、私が何か読んで差し上げましょうか?」と言いたい衝動に駆られました。
 電車や公共の場の話を続けましょう。私たちは何でも何処でも好きなところで読むことができます。
 例えば、「クマのぷーさん、私的な手紙、ちょっと下品な小説を呼んだとしても、誰も肩越しからのぞき込んだりする可能性がないのです。告白しますが、ちょっと下品な雑誌の記事を読みながら、自分でニヤニヤし「何を読んでるか誰かにわかったら〜」と思ったこともたびたびあります。
 次の利点は、お互いの筆跡を解読する問題がないこと。
 私たちも、ある程度自分のスタイルがあり、点字コードを少々変えて、自分なりの点字を書いたりします。例えば私の友達に、Christ(クリスマスの最初の綴り)のスペルがわからなくなってしまう人がいるのですが、クリスマスカードに、「クリスマスおめでとう」の代わりに「キャラクテマスおめでとう」と書いてしまうのです。名前が書いてなくてもすぐに誰からのカードがわかってしまいます。
 次に、ちょっと技術的なことについて書きますが、読み続けてくださいね。点字では数字の効果的な覚え方やパスワードの作り方ができるのです。
 点字では、aからjの文字は、1から9そして0を意味するのです。例えば、10の数字は、ajと書くことができます。ですから、31754のような数字を覚えようとする場合、それを文字に置き換えてcaged (かごに入った)とします。文字に置き換えただけでは、意味をなさない場合は、「フレッドは毎週金曜日に魚釣りにいく」のような文章で676561を覚えます。自分にとって意味がある文章にすると、とても効果的に覚えられます。特に自分の名前がフレッドで本当に魚釣りが好きだったら。
 反対に、数字を文字に置き換えることによって覚えやすく、パスワードなど覚えたり、書き留める時にも役に立ちます。aからjまでの文字を使った単語は氷(ice)、ビーズ(bead)、バッジ(badge)、決心する(decide)、長いものではキャベツ(cabbage)などたくさんあります。ですから私の頭の中には、いろんな単語が詰まっており、それぞれが私にとって特別の意味を持っているのです。私のお気に入りは、「いい子だから、猫の餌をいつも買てね」という文章で、猫預り所の電話番号を覚えています。
 聞き手や生徒から視線をそらさずに、読み続けることができます。
 これは点字の副産物でもあるのですが、晴眼者から羨望(せんぼう)の対象になることがたびたびありました。数年前、私はあの手ごわいブラックネル夫人 (オスカー・ワイルドの「真面目が肝心」の登場人物)の部分を読んでいたのですが、仲間の俳優から、演技をしながら君のように読めたらなんていいんだろうと言われました。またトレーナーとして働いてきたとき、同僚から、生徒から視線を外さずに自分のノートを読むことができたら、便利だろうなあと言われたこともあります。
 私たちは、素晴らしく見える!
 ある日突然、お店の店員から、「お客さまは素晴らしい記憶力の持ち主ね!」と言われ、不思議に思ったことがありました。よく考えてみたら、ずっと誰にも言わないでいたことに気づいたのです。実は私は買い物のときに、左側のポケットの中にある点字の買い物リストを読むため、買い物を手伝ってくれる人の左側を歩くのです。そのリストを頼りに、順序正しく何が欲しいのかをその人に伝えるのですが、それが超人並みの記憶力に見えるなんて、考えてみませんでした。私はほほ笑むだけで、このささやかな秘密をばらさないことが時々あるのです。
 最後に、点字を使いこなす人にとって、情報は、「at our fingertips(指先にある」のです。晴眼者はこの言葉を「すぐ利用できる、とかすぐ手の届くところにある」という意味で使いますが、私たちにとっては本当に文字通りなのです。点字、点字を使う人々、過去から現在、そして未来までを祝福しましょう。独創性のある発明者のルイ・ブライユ氏をはじめ、点字を教え、点字の作家、そして、私たち点字の読者を祝福しましょう。点字は、私たちの自立と楽しみにとっての掛け替えのないものです。技術がいかに進歩しても、50年前に比べても適切なものです。これからも長く使われ、教えられ、高く評価され続けますように!