海外の部 EBU地域 最優秀オーツキ賞
「私の人生における点字」
ロシア  イワノフ・ウラディスラフ(14歳・男性)

 目が見えていたころ、私は読むことが大好きでした。4歳で字が読めるようになり、本、新聞、雑誌などあらゆるものを読んで知識欲を満たしていました。建物の入り口に書いてある説明すら、見逃さずに読みました。
 そんな私にとって、視力を失ったことはとてつもなく悲劇的なことでした。友達やまわりの人たちの顔も何も見えず、仲間と散歩に出かけても、自分がまったくからっぽになった気がしました。でも、何より最悪だったのは、世の中の新たなことを本から学べなくなってしまったことでした。とても大切なものを失ってしまった気がしました。当時の私には、健康以上に大事なものは他にないことに気づいていませんでした。とにかく読むことができなくなったことが悲劇でした。生きる上で、本こそ一番価値のあるものだと思っていたからです。本は、親友であり、先生でした。音声やテレビから学ぼうとしてみましたが、本のようには学べませんでした。

 そして、私は学校に入学しました。全寮制学校に入り、視力を失っても すべて終わりではないことがわかりました。先生方は、見えなくても十分に生活できるよう、指導してくださいました。初めて料理したことは今でも覚えていますし、部屋の掃除、服の整頓など、すぐにすべてできるようになり、自分に障害があるとは感じなくなりました。点字のアルファベットもすぐにマスターしました。そして、点字とともに、新たな人生がスタートしました。点字はすばらしいチャンスを与えてくれました。点字の読み方を習得したことで、私の目がまだ見えていた短い幼少期には学べなかった実に多くのことがわかるようになったのです。私はたちまち点字本の虜(とりこ)になりました。学校のかなり大きな図書室の本をすべて読み、カザンにあるVOSの図書館から本を取り寄せるようになりました。教科書はもちろん、文学作品や人気の科学本も読みました。私は世界を取り戻しました。色は無くても、それは生き生きと驚きに満ちて、ワクワクでした! どれほど感動したことか! 南極に生きる動物の食べ物、移動、繁殖の秘密までわかったのですから。

 お気に入りの本を聞いていると、語り手の声が邪魔に思えました、まるで私と本の登場人物との間に割って入ってくる感じがしたのです。同じ本を点字で読むと、紙を指で感じ、ページの擦れる音を聞き、いつものほこりっぽいにおいを感じることができました(本当に独特のにおいがするんです!)時には、文字が見えた気がしたこともありました。それほどの親近感と強いつながりを大好きな主人公たちに感じ、まるで彼らの世界に共に生き、呼吸し、共に問題を解決し、不幸な出来事を心配し、勝利を喜ぶような体験ができました。語り手の音読を聞いてもそれほどの感動は得られませんでした、自分の音読とは比べものにならないくらい表現豊かに感情をこめて読んでくれていたにもかかわらず。語り手の声であっても、本の世界にはよそ者は入ってきてほしくないと思います。

 点字本を読むことの一番重要な点は、句読点の使い方やつづりの正確さが身に着くことです。ロシア語の先生がそう言います。私もその通りだと思います。クラスの中には、あまり読書が好きでなく、音声で聞くことが多い生徒がいますが、つづりや句読点の使い方があまり正確ではありません。私はかなり正確にあまりミスなく書けると思っています。
 もちろん、今の時代、コンピューター、携帯電話、タブレットなどの機器は不可欠で、私もそれらを全部使います。私は検査や治療のため、友達もいない遠く離れた病院に行くこともよくあります。そんな時、退屈でひまな時間を埋めてくれるのは、「語り」本です。ですが、点字のおかげで、読むことができるとなれば、すぐに本を読み始めます。音声で本を聞くのは仕方なくすることですが、読むことは、大切な友人たちと実際に会って楽しむのと同じなのです。

 点字から知識が得られるようになっても、目が見えるようになったわけではないのはもちろんですが、大好きな文章を自分で読むという可能性が広がりました。かつて、それまで知らなかった盲人の作家の言葉に、「幸せを感じるには、見えている目にもほんの少し日の光が必要だ」という一節がありました。親しい人が日の光とはどんなものかを語った文章なのだと思います。私には、いつでも私を助けてくれる、母親、友達、級友、先生方がいます。ですが、私にとって、点字がなかったら、安全な家にいる時でさえこれほど守られているという確かな気持ちにはなれなかったでしょう。それほど、私の幸せにとって、点字は最も大切なもののひとつなのです。
 点字を学ぶうちに、点字という文字のすばらしさに感銘し、目の見えない人のためのアルファベット考案者の才能に敬服します。後になって、私は彼のことをいろいろ知りました。これはどれほどすばらしい偉業でしょう。点字は目の見えない人々にとってかけがえのないものであり、21世紀の私たちにまで、ずっと使われ続けているのですから。