海外の部 EBU地域 シニア・グループ 佳作
「点字のある生活」
アルバニア ブレリナ・シャラリ(30歳・女性)
 点字は普通の意味での目ではありません。点字は嫌うべきものでもありません。点字は怒った顔つきのあなたを助けてはくれません。しかし、点字だけが、バリアのない生活、条件付きの支援ではない、限界のない正しい道筋をあなたに示してくれるのです。
 点字を使えば自分の投票結果が変更されるということはなく、摩天楼でも超高層飛行でもないにしろ、頂上へと至る自分の進路が妨害されることは決してありません。点字は、私にとって地球を渡り歩く際にいつも使っている飛行機であり、点字は、私に本当の世界を見せてくれる、六つの大陸で構成された世界でもあります。点字はまた、そこでは全てが可能になるタッチスクリーン上の標識でもあり、点字に触れることは多分全ての人が争いごともなく未知の世界を旅するようなコンピューターの役割を果たすことにもなります。点字で書いているときは、目は指へと移動し、つま先は心をよじ登り、私は、ということは私たち全ては、感じ、書き、考え、歌い、愛するのです。点字という何とも光に満ちて色彩豊かな書記方法は、他の人びとには謎に満ちたものであるものの、私たちの指先にとっては、光に満ちたものなのです。点字は、私たちが本当に見ることができるかのように書くことを可能にし、私たちが実際に色彩を弁別できるかのように読むことを可能にし、視覚も光の屈折もいっさい知らないにもかかわらず、つかの間、私たちが本物の画家であるかのように感じさせてくれるのです。
 そう、私たちは幸いにも、他の人と同じように、違いを見分けることができ、触ることで色彩を理解し、そのものについての想像力を呼び起こし、最後は、私たちの向こうにあって、私たちには未知で解読できないはずの色彩の世界をも私たちの頭の中に保存できるようになるのです。点字はまた、伝書鳩にもなるのです。点字を使うことで、私は世界中のどこにでも手紙やはがきを送ることができるようになりました、たとえ点字が読めて支援をしてくれる晴眼者の助けを得て、ではあれ。
 私は点字を通して、聖書やベートーベン、モーツァルトを紹介され、音楽や科学、技術の世界の力強さを感じます。点字は、それ自体まぎれもないものですが、それ以上に、全ての文字の中でも最も正確で、最も明瞭なものですが、実際には簡単ではありません。なぜならば、点字は痕跡をたどるものであり、強く記した痕跡を時間の経過に堪えてたどるものだからであり、実際、一世紀を越えて存在しており、時間の経過は、これを越えるものが他にないことを示しています。
 鋭い目で言えば、点字はコインの表面にも使ってほしいし、どこでも、家の近くでも見つけたいものです。私は点字をどこでも見出したいと思っています。なぜならば、いま以降も点字は私の人生そのものであり、人々が私を受け入れてくれることを実感する以上に、彼らは私を愛してくれ、私が歩んできた困難な道をともに歩んでいてくれたからです。
 点字は私の神様です。私独自のアイデンティティーの神様という意味で。信じられないことでしょうが、ほかの誰でもない私自身の指で、やさしく注意深くさわることで、他の人びとに、他の誰にも、伝え話しかけることができるのです。点字に感謝します。私は自分の体の様子に気を配るようになり、私の人生の道程を走りぬくことができるように、私にとってそれほどまでに必要な手を休めることに気がつくようになりました。この小さな六つの大陸は、未知の世界の入口へすばやく私を運んでくれて、あっという間に私が全体を発見できるようにしてくれるのです。
 点字は私に、他の人びと、目の見える人びとにはほとんど経験できないような、人生の特別な見方を経験する機会を提供してくれたのです。点字はまた、私に、書くこと、歌うこと、自分の人生を編み上げること、さまざまなやり方で私自身を永続させること、を可能にしてくれたのです。点字は、ほかの誰にもそのことが知られないように、秘密を暗号を守ってくれているのです。もし、世界中の道に点字ブロックが敷設されたなら、私は自分自身でその上を歩き、一つ一つ渡って、こう言うでしょう、「どう、私、見えるわよ」って。そうすれば、もうどこでも留まることはありません。
 もし点字を全ての人が知ったならば、私は全ての人に理解されるでしょう。なぜならば、点字は例の六つの点で全ての言語を一つにするからです。したがって私はこう言いたい、(点字は)本質的な目の言葉、だと。事実、これこそが、全ての人々が本質的に、精神的に話すものなのです。もしも、人々が点字を知っていたならば、彼らにどう話すべきかが教えられるのに。紙の上の痕跡である点字は、発音され、経験されるものの中で、最も可視的なものです。この普遍的な言語は、私に詩を書かせ、音楽を綴らせ、さらには普遍的な感情を経験させてくれるのです。多分使っている人は知っているでしょうが、想像の翼はまだ未発見の惑星にまで馳せ広がるのです。点字は、私たちの心臓を出て体内各所を結ぶ大動脈に似ています。私たちが全てを説明できるわけではありませんが、多くの哲学や多くの意味を蓄えもっているからです。なぜならば、私たちは点字ほどに完全ではないからです。点字は紙の上にあって、海のように波打ち、私たちの多くの人生を引き受け、幸運をもたらします。
 点字がなかったら、私に何ができるというのでしょう。こうした文章や他のおおくの美しいことどもをどうやって書けというのでしょう。私の記憶をどうやって維持したらいいのでしょう。点字がなくて、どうやって持続したらいいのでしょう。つまり、点字は最も確実な記憶であり、最も信頼のおける繊細なもの、私たちの指から心のシェルターへとつないでくれるものなのです。
 とても単純な、たった六つの点、六つのコードは、私たちの人生に触れ、人生を豊かにし、私たちの宝物をひとつひとつ外へ明らかにして、私たちの指に、私たちに喜びをもたらしてくれるのです。つまり点字は、私たちに、私たちの心の現れである音楽や本の中の宝ものをけっして隠したりはしません。隠すのはただ、点字を理解しない人びと、私たち(視覚障害者)のことを知らず、点字を通してものごとを見ることができるようになり、点字によって人間に引き上げられた私たち、および心の開かれた人びとのことを、自分たちとは違った存在であると考える人たちに対してだけです。
 私は、こうした人びと全てに声を大にして言います。彼ら、心の開かれた人びととならば、私はどこまでも行くことができます、私にとって全てを見ることができる、私の目である点字とともに。