海外の部 EBU地域 シニア・グループ 佳作
「視覚障害とともに生きる」
スイス アンヌマリー・ヴィトマイスター(69歳・女性)
 人生は読むこと〜読むことは人生そのもの〜
 あなたは、エレベーターの中に、たった一人で閉じ込められたことがありますか。もし閉じ込められたことがあれば、暗い闇にとらわれ、分別を失っていく感覚がどういうものか分かるでしょう。どんなに理性的な人間でも、ただのおびえた動物に変わってしまうのです。ひとまず平静さを取り戻すと、この予想だにしなかった事態のせいで失うことになるいろいろなことが頭に浮かんできます。そして何とかしたいと思います。手探りしても、せいぜいそこにあるのは点字だけ。「違う! これじゃない! 赤い非常ボタンがきっとどこかにあるはず」。そう、ボタンはあります。それを押します。一度目は強く、二度目は激しく。そして、とても長く感じる時間が過ぎた後、室内にどこからか声が聞こえてきます。「どうか、落ち着いて、今、助けが、くるから、どうか、落ち着いて、今、助けが、くるから」
 3年余り前、眼科医を訪れていた時に、目の前でこのような光景が展開していました。視覚障害と診断され、失明の可能性を医師から知らされた時のことです。20年前に一蹴した問題が、とうとう私にまで及んでいました。視覚障害者の先祖から引き継がれたものが、突然、私の目の奥で極めて間近に迫っていたのです。大の読書好きの私が、この不運のせいで、失うものは何でしょう。私にとって読むことは人生そのもので、その時はまだある新聞社の編集局に書籍の情報と書評を書いていました。そのとき、私が「非常ボタン」を見つけるまでには、永遠とも思える長い時間がかかってしまったように思います。私は静かに尋ねました。「読めなくなったらどうすればいいのですか」。「目を使わずに読む方法が他にもあります」。医者の声が聞こえました。「オーディオブックが嫌なら点字を学べば良いのです。簡単です」
 その後も「非常ボタン」を何度も押し、救いを約束する声をたくさん聞くことになりました。ただの約束だけでなく、実際に救いを受けることもできました。スイス全盲及び視覚障害者連合協会(SBV)のチューリッヒ支局で体験授業の後、点字の初級コースに入ることができたのです。始めは1ドットずつ、そして一文字ずつ、そして単語単位で。闘いでした。あの医師が断言したように、全く「簡単」なことではありませんでした。それでも、その道のりで何度も山場がありました。
 その頂点は、スイスの著名な作家による最初の文芸本でした。非短縮形点字で両面に印刷された大変重量のある本でした。はたして、この海のようにあふれるドットを読みこなせるだろうか、と思いました。一単語ずつ、一行ずつ、一ページずつ読み進め、ついに私はその闘いを制したのです! 指の感触で探って読むので、かつて黒い活字を目ですらすらと読んでいた物語や説明が、極彩色で三次元の、あふれるほどの美しさが穏やかに展開していく、全く新しい読書体験となったのです! 今でも、私は時々こう思います。作家は自分の本を点字で出版するとき、私たち視覚障害者にどんな感覚を与えるか知っているだろうか、と。
 私が69歳で点字の短縮形も覚えたことに、誰もが驚くのではないでしょうか。短縮形を覚えると、持ち歩く本ももっと軽いもので済むのです。そして今の私は、何のためらいもなくエレベーターに乗ることができます。今では、暗闇を突き進む術を、そして点字タイプと非常ボタンの扱い方を知っているのですから。