海外の部 EBU地域 最優秀オーツキ賞
「母が語ってくれた物語」
 ハンガリー アンナ・フス(31歳・女性)

 それは子供の頃からの数少ない思い出であり、奇妙な体験です。しかしながら、それは全て味わいのある、香りと温かさとともに心に焼き付けられた、決して忘れることのできない経験であり、ひとときでした。
 私にとっての人生におけるそうしたものとは、母が語ってくれた物語に耳をすませたひとときでした。私は今でも思い出します、母が柔らかで冷たいキルトの掛布団の中に滑り込んできて、私のベッドのそばに入ってくる夕べを心待ちにしていたことを。私は母の胸に頭を預け、母は私を腕で包み、物語の一つを語り始めるのです。
 私が語り聞かされた物語は、ほとんどの場合、母の自作のものでした。そうした場合、私は自分の意見を付け加えることができ、母はそうした意見を適宜取り入れて、私の大好きな主人公が思い通りに活躍する冒険物語を編み出し続けてくれたのです。時々は、母の言葉によって既に知られた物語が現実になることもありました。私は、母の語りが好きでした。私は、茶目っ気たっぷりな母の声、登場人物の造形の仕方、物語を生き生きとさせる音響効果などが好きでした。もちろん母は、母の演じる七つの頭を持つ龍や天使たち、魔法使いのおばあさんたち、こうした登場人物を実際にその目で体験したことなどありませんでしたが、どんなつながりにおいても本当にリアルに私の想像力をかきたててくれました。
 あるとき、私の誕生日に、両親はびっくりするような素敵なプレゼントをくれました。それは、それまで私のプレゼント箱では見たこともないようなきれいな絵本でした。私はカラフルな絵ときれいな絵柄に本当に感動しました。本に描かれたヒーローの物語を知りたくて、夕方まで待ちきれないほどでした。けれども、そのとき私は気づいたのです。母が肝心の絵本に描かれた物語を読み聞かせてくれることができないことに。私は以前、祖母とだけで、普通の本を読んでいたことがありましたが、それは母とのものとは同じではありませんでした。それは、母がこれまで語り聞かせてくれた世界、母の声に聞き入りながら、ひなどりが親のふところでいつしか寝入ってしまうような世界とは、まったく違ったものでした。 
 一瞬の沈黙に、母は私が失望したことに気がついたようです。母は封筒を取り出し、中からおかしなものが書かれた小さな紙切れを取り出しました。母はそれを点で書かれたものと呼びました。それもそのはずです。なにからなにまで、まさに点だけで書かれていたのですから。でもそれは、私のまったく知らないものではありませんでした。なぜなら、私は以前、私の家のいろんな場所で見たことがあったからです。私は、台所の箱やビンや家電機器などの上に、そうした点で書かれたものを見ていました。居間では、母のCDが順序良く並べられて収まっている箱の上に、そうした点があるのを見ていました。私の家じゅうにこうした書き物があることを目にすることは、私にとっては普通のことでした。祖母の助けで、母はこうした小さなシートを絵本の各ページに貼りつけていったのです。そうすることによって母は、常にどのページからどのページへと移るか、私が実際、どんな絵を見ているかを知ることができたのです。こうして、私は物語の、また新しい本の喜びをあきらめる必要がなくなったのです。 
 ほとんどの物語は、すでに母が知っているものでしたから、母は容易に私に語り聞かせることができました。母は、新しい物語はコンピューターを使って事前に読んでおくので、次の時には心をこめて語れるようになるのです。事前に数回も読むことで、母は、ほとんど一字一句間違いなく、引用できるのです。私が習い覚えた好きな物語の最後の一言までも。母がテキストを見逃して、私が訂正すると、私たちはいつも衝突しました。
 私が少し成長したある日、母は自分の好きな物語を隠し持った本を本棚から取り出しました。それは点で書かれた私が今まで見たこともない本でした。たくさんの埋め込まれた点を見て、私はそれが信じられないようなハーモニーを奏で、各ページがそれぞれのメロディーを持っていることに気づきました。もちろん私は、それまでそれを引き出すことができませんでしたが、子供のような好奇心と驚きで、その本をじっと見つめました。私にはただのまっしろなページに見えたにもかかわらず、母はその中から、ガラスの山、魔法使い、王女たち、小さな悪魔たちを呼び集めることができたのです。私は、母の指がゆったりと点から点へ滑るように進んで、次から次へと物語を紡いでいくことに、心から感動しました。
 私も同じように紙の上を手でなぞってみましたが、私にはざらざらとした表面が感じられるだけで、何千もの点々がただくすぐったいだけでした。私のような子供には、母がその中からどうやっていくつもの言葉を読み取ることができるのか、まるで謎でした。私は今でも思い出すことができます、母のふっくらした指が線から線をたどって、その中に秘められたメロディーを解読する光景を。大人になって、私はいつも思います。私の心がいつも誇りと感謝の念で満たされているのは、私が他の子供と同じような幼年時代が送れるように、母の手がどれほど私のためにしてくれたかに気づいて以来のことだ、と。もちろん他の人と同じであるはずはありませんが、私は決して違ったものを望んではいませんでした。時に私は、母のために公式文書を読んだり、完成したりする代わりに、この世界から逃げ出したいと思ったいやな日々もありました。しかし、そうしたことは、現在では少し苦い思い出としてよみがえるのです。私は、両親が子供の望んだものすべて、愛情に満ちた家庭、望ましい世話といったものを与えてくれたことを知っています。一方で、私は、どのようにして手を差し伸べるか、どのようにして闘うか、どのようにして勇気づけるか、そしてもっともっといろいろなことを学びました。そうしたことによって、私はバランスのとれた幸せな人間になることができたのです。
 子供のように、私はよく、目の見えない自分を演じてみることがあります。私は目を閉じ、手すりを伝って階を移動し、点で書かれた文字を読むまねをして、ひざの上に置いた本から母のために物語を紡ぎ出すのです。私は、母がいつも気を付けて本を扱うように言っていたことを思い出します。なぜならば、点で書かれた文字は、一度でも傷つけられたならば、もうそれ以上、読むことができなくなってしまうからだ、と。私は、母の注意を守ってきました、ただ一度の例外を除いては。私は今でも恥ずかしい思いで思い出します。ある晩、私はお風呂を浴びたあとで、聞きたかった物語を探し出して母の語りを聞こうとしていた時のことです。母は、しなければならないことがたくさんあるので、次の日にしましょうと言ったのです。私はひどく腹を立て、母の手から本を取り上げ、点々を押しつぶしていったのです。私は、私の突然の怒りの犠牲者が、まさに私の大好きな物語の一つだったことに気が付かなかったのです。そのとき以来、私は肝心のその話を聞くことができなくなってしまったのです、永遠に…。
 その日以来、私の母は夕方、前にもまして忙しくなり、物語のための時間は残されていず、私はテレビを見たり、好きなCDを聞くことを許されるようになったのです。しかし、それは、いっしょになって物語を聞くほどの喜びではありませんでした。
 では、そうした時間が、私にとって、私が生きてきた中で経験したさまざまなできごとの中でも特に、今でも忘れがたいのはなぜでしょうか。私は毎晩、私のお気に入りのヒーローたちの運命を強く聞きたがっていたのです。まるで私が、その物語の登場人物の一人であるかのように。私は今でも、こうしたことの全てに、物語への愛を、本への愛をはぐくむことができたのは、母のおかげだと、感謝しています。
 けれども、握ってくれた母の手、母の肌のぬくもり、におい、優しい声によって高まった親近感と落ち着いた雰囲気に包まれていなかったならば、物語を聞くこと、それ自体だけでは、そんなにもすばらしい思い出として心に残ることはなかったでしょう。
 私は、母の買い物を手伝ったり、家の中でものをさがしたりといった、母といっしょにすごす日々、肩に負わされた責任の重さをしばしば実感します。しかし、夕方になると、長く疲れのたまった一日の終わりに、再び子供に還るのです。母の腕に守られて、母の愛情たっぷりの心臓の鼓動を聞きながら、眠りに就く、恐れなどなにもない、本当の子供に。