海外の部 WBU-AP地域 最優秀オーツキ賞
「エコーロケーションから音声解説で自分の周りの世界を聞く:気づきの共有」
ニュージーランド エリザベス・ヤコバ・マリア・ウェスリング(42歳・女性)

 3歳の頃の私は、自分の周りで聞こえる音と想像力で自分の世界を作り上げていました。見ることができない世界を、耳で聞き、頭の中で思い描いていたのです。
 ある日、家の近くの森へ父と一緒に散歩に行ったとき、父は私の耳がすごくよく聞こえることに気付きました。森の木を器用に避けながらぶつからずに歩く私を見て、木が見えないのに、どうやってそこに木があるのが分かるのか不思議に思ったようです。それで、たとえ木が何も音を立てていなくても、木の存在を耳で感じられるのだということを父に教えてあげました。
 それからは、父が木のふりをして私がその木を見つけるという「ごっこ遊び」をするようになったのですが、それは最高に楽しかったです。父は知らず知らずのうちに、私がその後の人生でずっと使うことになるスキルを教えてくれていたのです。そして何よりも、耳を使いさえすれば、たくさんの情報が得られるということを私は学んでいました。
 後になって、これがエコーロケーションというものだと知りましたが、それは、杖(つえ)を使ってあちこち移動するときに、自分でも知らない間にいつも使っていた方法でした。おそらく、父と遊んだこのたわいない遊びが、世の中でいかに自分の耳を生かして生きるか、ということを教えてくれたのだと思います。人の声や足音が分かるどころか、「音の気配を聞く」ことで、私には自分の周りのことが分かりました。この方法で聞くしかなかったのです。
 私はオペラやライブコンサートにとても興味があり、プロの教師になりました。時にはステージがとても見にくい安い席を与えられることもありましたが、それも実はありがたいことだったのかもしれません。少しお金を節約できましたし、友人との間でちょっとしたジョークのネタにもなったからです。友人たちは、台詞(せりふ)の間や休憩時間に、ストーリーの展開や衣装などについて説明してくれました。これにはとても助けられましたが、それでもなお、私の理解は平面的なものでしかありませんでした。確かに音楽は堪能できましたが、音楽以外にも、私には見ることができないことが舞台上で展開されていることも分かっていました。視覚障害者として温かく受け入れていただいていましたが、舞台を完全に理解しきれないという問題は私が自分で解決すべきものでした。
 「少なくともあなたは音楽を聴くことができるでしょう。それ以上、何を望むの?」というのが根底にあるメッセージでした。
 数年後、音声解説を通して、私はもう一つの「別の聴き方」と、視覚障害者を芸術の消費者として捉える、視覚障害者に対する全く異なる考え方とに出会いました。テレビを見る多くの視覚障害者と同じように、台詞がないところでは、私も足音やため息、効果音などから得られるわずかな情報を駆使して、何が進行しているのかを把握できるようになっていました。大抵は正確に想像できましたが、それでも、こういった状況に満足できないことも多々ありました。
 映画の音声解説を初めて聞いたとき、それまで見逃していた細かな部分に気づいてとても驚きました。十分に理解できなかった部分は静かで落ち着いた声の解説によって補われ、初めて映画を立体的に理解することができました。それまでも映画のサウンドトラックには満足していましたが、登場人物や情景、ストーリー展開など、それまでは全く分からなかったことの解説を聞き、サウンドトラックが突如としてより豊かなものになりました。
 もうこれからは想像しなくていいんだ! 私は、視覚障害があっても視覚メディアを楽しむことができる自分の価値を実感しました。私が映画を十分に理解し鑑賞できたということは、音声解説トラックを制作する意味が十分にあるということでした。
 その後、英国に住んでいたとき、「皆さんは大切なお客様です。晴眼者と同じように芸術を楽しんでいただきたいと思っています」という、視覚障害者に対する考え方と再び出会いました。音声解説付きのライブイベントに何度か参加し、数年後、ニュージーランドに戻ったら、この考え方とサービスをニュージーランドにも取り入れようと心に決めました。
 地方自治体の障害者レファレンスグループのメンバーだったとき、Arts Access Aotearoaから出版されたArts For Allの執筆に関わりました。これはニュージーランドで初めて出版された障害者とアートに関する小冊子で、障害のある利用者に対するアート会場の意識を変えることを目的として出版されました。
 この小冊子の制作過程で、私が終始音声解説への思い入れを熱く語ったことで、冊子の中で音声解説が大きく扱われることになったのだと思います。視覚障害者のことを、そこで行われる催し物を満喫するに値する顧客として見るように、アート会場は求められたのです。
 そして、音声解説がニュージーランド中のあちこちの映画館で試験的に実施されました。それまでは海外から購入した映画にしか音声解説がなかったため、この試験的な取り組みは視覚障害者からの絶大な評価を得ました。視覚障害者が音声解説と出会い、その後のことはご存知のとおりです。
 現在ニュージーランドでは、いくつかの映画館で定期的に音声解説が行われています。3大都市では音声解説者の養成も行われました。この状況を作りだすことに少しでも関われたことを誇りに思います。
 先日、地元の劇場でオペラを鑑賞していたとき、そのステージの視覚体験の豊かさに改めて驚きました。音声解説者は、衣装や舞台セットにとどまらず、オペラ歌手のコミカルな演技からアクロバティックな動きに至るまで、静かな口調で専門的に説明してくれました。以前は何が起きているのか分からずに一人取り残されたような気持ちになることもありましたが、今回は他の聴衆と一緒に笑うこともでき、まさに晴眼者と同じように楽しめました。
 全ては、ニュージーランドの視覚障害者に対する考え方が変わったおかげです。現在、音声解説は資金援助を受けており、真剣に受け止められています。
 私はこれからも、できる限りニュージーランドにおける音声解説を支援していくつもりです。音声解説があれば、視覚障害者も晴眼者と同じように芸術を享受できるということを、視覚障害がある人たちに伝えていくことがおそらく私にできる最善の方法かもしれません。