海外の部 ABU地域 ジュニア・グループ 佳作
「視覚障害者と地域との集い」
イエメン イブラヒム・モハメッド・モハメッド・アルムニフィ(20歳・男性)
 私たちはこうした質問に答えようとするとき、障害という性質や視覚障害者への障害の心理面・行動面への影響を考慮しても、よく失敗をします。視覚障害者は自由に動けない、自分の環境をコントロールできないという気持ちから精神的な重い負担を抱えており、私たちはまず、そこから対応をしていかなければなりません。障害者は、晴眼者の注意をひこうとしたり、つらい精神状態から逃げ出そうと、代償行為をしたり、晴眼者の世界に統合しようとすることができないと考えたりします。そして、家族や教師、仲間は、自分は視覚障害者と関わる能力に欠けると考え、否定的な態度をとるに至るのです。視覚障害者は受け入れてもらいたいという悲痛な思いにかられるか、あるいは自分の限られた世界に引きこもっていきます。
 このような状況で、視覚障害者は、多様なあつれきの中、安心して生きていく必要があります。あつれきというのは、人生の喜びを享受するか、隠遁(いんとん)した世界で安全に生きるか、他の人からの干渉を受けずに自立していくことを主張するかというあつれきです。でも心の中では他の人を思いやり、助けてあげたいという欲求を持っているのです。
 1981年の盲学校のカリキュラムでは、視覚障害はその人の精神生活を変え、そのフラストレーションは、大多数の人がまとまることよりも早く起こるとしています。私は、精神的なリハビリテーションをした後、視覚障害のある友人と話をし、その問いに答えようとしました。視覚障害者が集まる場所やクラブがある一方で、視覚障害者が社会に出ていって集うことに反対か? 視覚障害者の集まる場所があるのは、融合への抵抗を示したものなのか? 視覚障害者がどのように地域社会と関わるか? 視覚障害者にはプライバシーがあると考えるのか? これは視覚障害者が生来、社会から孤立しているとか、視覚障害者が生来面倒な存在だという意味ではありません。社会が視覚障害者を理解しなかったのです。視覚障害者は地域の問題を理解しているし、地域と自然に関わっています。一方で、地域社会は視覚障害者を特別扱いします。それは視覚障害者の能力をさげすんでいること、視覚障害者のプライバシーが保護されていないこと、ならびに障害者国際条約第3条第4段落「違いを尊重し、障害のある人を人間の多様性ならびに自然人の一部として受け入れる」のような、違いの尊重が行われていないことを示唆しています。このような理論上のシステムは簡単には終焉(しゅうえん)しないかもしれませんが、プライバシーを守るとか私たちを取り巻く現実をコントロールするとか、もっともらしい理屈をつけて壁の中、障害の中に閉じこもっていてはならないと思います。閉ざされた現実世界で、自由を謳歌(おうか)しているというのは、孤立や極端な状態を正当化するものではありません。
 地域社会は十分理解してくれないかもしれません。社会の中での視覚障害者の数は限られているかもしれません。視覚障害者への否定的な見方に私たちも関わっているかもしれません。しかし、地域社会に出てゆき、私たちが協力をしていくこと、また私たちは不可欠な要素であることを伝えていかなければならないのです。
 これを達成するために最も重要な手段は教育・訓練です。私たちが影響を及ぼし、私たちも影響を受けるギブアンドテイクとなるような世界です。一方で、注意深く早く読むことに重点が置かれているような不適格な大きなコミュニティーに視覚障害者を押しこむべきではありません。第1にトレーニングを受け、リハビリテーションをすること、それから第2に受け入れてもらえる環境でなければなりません。読者は本題から随分それていると思われるかもしれませんが、そうではありません。この適格性は多くの人が心のうちで疑問に思っていることに答えるために非常に重要なのです。視覚障害者を集めることは融合と矛盾するものではないと思います。しかし、閉ざされた形の集会を地域社会に統合していくことが非常に重要です。いずれにしてもこれらの集会はより建設的なものです。以下は、思い出すべきいくつかの点です。
 1.前述したように家族の一員として受け入れられない結果、視覚障害者は孤立していきます。交流、再調整をし、地域社会が障害を共有する、あるいはそれを理解した時に、視覚障害者がその文化や精神状態から離れる大きなチャンスとなるでしょう。
 2.視覚障害者が集まることによって、いろいろなアイデアが引き出され、地域社会に関連した問題を乗り越えた人の体験談も出てくるでしょう。このような成功例は、実感をもって受けとめられ、他の視聴覚障害者のインテグレーション(一体化)を促すでしょう。
 3.視覚障害者は人です。人は元来、地域社会と関わる性質をもっています。視覚障害者はインテグレーションに心理的に抵抗する部分があっても、こうした集会によって、視覚障害者が互いに競って、インテグレーションをしようとする状況がつくりだされ、刺激的な環境になります。従って、視覚障害者の集会そのものが融合のひとつの形であり、より広い世界へのインテグレーションへの最初の第一歩になると思います。そして、科学的な研究も行われるべきです。それらの取り組みを認めなければ、視覚障害者はその集まりの中にとどまり、地域社会に出ていけないでしょう。視覚障害者をインテグレーションのステップの中に入れていきたいとき、視覚障害者のコミュニティーをつくり、公正な融合には何が必要かということを特定していかなければなりません。