海外の部 ABU地域 シニア・グループ 優秀賞
「視覚障害者と共生する社会へ向けて」
レバノン ローラ・ダマー (43歳・女性)
 視覚障害者を受け入れる社会では障害者も皆と同じように普通の生活をおくっています。家族と一緒に暮らし、近所や地元の子供と同じ学校に通い、友人と共に大学で学び、専門分野の研究に打ち込んでいます。また、役所や会社で専門職や事務職などさまざまな業種の仕事に就いています。レクリエーション施設や文化施設を利用することもあります。家庭を築き家族と共に社会の一員として生きています。視覚障害者と共生する社会がそこにあります。こういう社会を実現するためには、社会福祉、教育、就業、障害者の権利やメディアなどの相互に関連し合う分野を網羅する、全国的で包括的な共生社会政策を推進しなければなりません。
 国の社会共生政策の成否はその国の社会福祉政策にかかっています。すぐにうまくいくはずもありませんが、視覚障害者が家族のもとで育ち、家族と共に生き、家族と助け合う社会を目指すものです。
 視覚障害という特殊な状況では、障害のある本人だけでなく家族も精神面、身体面の制約に直面し、それを乗り越えるには大変な努力をしなければなりません。まず視覚障害者が日々の身の回りのことを自分でできるようになり、自身や家庭内の問題を自分で解決できるように、また視覚障害があることで不安を強く感じたり動揺したりしがちなことを理解した上で、本人と家族の両方にとって納得のいくコミュニケーションの取り方や分かり合える方法を見つけることから始めます。それから、近所や地元の小さなコミュニティーに入っていきます。視覚障害者は外へ出て行くのを恐れているものです。ひょっとして両親が視覚障害のあるわが子を外に出すのを恐れたり、恥じていたりするからかもしれません。それが現実です。世間の視覚障害者を見る目や社会のお荷物という意識がのしかかってくるのを跳ね返すのは、容易なことではありません。何百年にもわたり社会の中に受け継がれ築かれた偏見は根深く、固定観念に凝り固まったものの見方で真実がねじ曲げられています。現実には祝福が薄い者として蔑まれ、視覚は学習する能力や物事の理解力に結びついているとの見方から、能力や資質がない者とおとしめられているのです。
 社会福祉政策を実施するのは何にもまして難しいことです。多種多様な考え方、性格、社会集団、文化的な背景に関わることですし、視覚障害者自身の心理、気質や能力、さらに視覚障害者の家族の心理、文化とも深く関わってくるからです。
 心理学的な方法や実践的な方法などを取り入れ、自分の障害を受け入れ自分自身と折り合うことから始まります。視覚障害に関する用語、視覚障害者の抱く不安、能力、動作テクニックなどを説明して視覚障害者の世界を家族に理解してもらい、家族との調和をはかりましょう。視覚障害者をはじめとする多くの人々がぶつかる社会の壁を乗り越えなければ、共生社会に胸を張って向かうことはできません。そこには二重の差別に苦しむ女性の視覚障害者もいます。まず女性というだけでいつも負け組です。長年にわたり、女性の権利が、社会的、心理的、精神的な制約を受け、教育も十分に受けられなかったために、社会、科学、政治経済などの分野で能力を発揮することができずにいます。さらに、視覚障害者ということで男性の視覚障害者と同じように社会的能力、精神力が劣るとみなされます。その上に、女性なら誰しも、そして女性の視覚障害者ならなおさら、性的虐待を受けることにおびえて生きなければなりません。
 視覚障害者だけでなく社会を構成している全ての人々に配慮が行き届くような共生社会へ自信を持って歩むことができるように、統合政策を立てるときにはこれまでに見たような女性の視覚障害者の特殊な状況を十分に考慮する必要があります。都市部だけでなく、社会、教育、経済、メディア政策から取り残されがちな地方にも、政策が行きわたらなければなりません。
 社会福祉政策の枠組みの中で、この段階はさらに次の段階へとつながるものです。この段階で視覚障害者は行動力と精神力をむしばむ恐怖心を克服し、自分の資質を信じてもっと大きな社会を目指してゆくことができるでしょう。また、両親もわが子の自立する力を信じ、教育、職業、結婚への可能性を後押しすることでしょう。
 メディアには、徐々に社会の概念や認識を変え、固定観念を打ち砕く強い影響力があります。視覚障害者と家族が、就職や結婚などの機会に困難を乗り越え、望みをかなえることができた経験談やモデルとなる事例を紹介すれば、実際の社会福祉活動をメディア政策が後押しすることができます。あるべき方向性をはっきり打ち出した政策により、番組や記事を通して直接に間接に視覚障害者に関する新しい見方が広まってゆき、いずれはそれを当たり前のこととして受け入れるようになるでしょう。そのとき視覚障害者は、もはや社会ののけ者でもなければお荷物でもありません。政府の全体的な政策の中で社会福祉活動はメディアの役割と教育活動に深く関わっています。人格を形成し、興味や可能性を追求し将来の限界を見極め、自分の進路を選び、例えば教育者、専門家、職人などの職業選択に至る、視覚障害者の人生の最も重要な道を開くでしょう。教育における統合政策とは、視覚障害者と晴眼者双方を対象とした包括的な教育政策です。単に視覚障害児が特別支援学校ではなく普通の学校で必要な技術を学び、文通相手とのやり取りを手伝ってもらうといったことだけでなく、視覚障害児に関わる教師と生徒とを含む、全員を対象とした教育プログラム全体に関する政策でなければなりません。
 教育プログラムは子供に何が正しくて何が間違っているのかを教え、地域社会で生活するために必要な知識を教えるものですが、同時に、共生を目指す教育政策の一環であり、一定の役割を担っています。統合教育の実施においては、視覚障害者との共生社会実現を支援するための教育制度の基礎を築くのだという認識をもって、教師も管理者も生徒も、誰もがそれぞれの役割を果たさなければなりません。視覚障害による学習の難しさをどのように克服するかが大きな課題です。周到な準備をして適切な方法を採らなければ、失敗してしまうかもしれません。それでもそのような取り組みそのものが、地域での統合教育に大きな影響を及ぼし、メディアが取り上げることになるでしょう。教育政策は、視覚障害者が新しい、またはこれまでよりさらに幅広い分野で職を得るのを後押しし、社会の専門的、実務的な領域での視覚障害者の存在感を高めるものです。視覚障害者が経済的、精神的に自立できるチャンスが大きくなれば、共生社会への追い風となるでしょう。
 視覚障害者の就職に対して決定的な障害になっているのは、民間部門、公共部門を問わず、さまざまな理由で、例えば視覚障害者の能力を認めようとしない、顧客を失うのを恐れる、従業員全体としての体裁を気にするなど、雇用者が視覚障害者を雇おうとしないことです。そこでまず、視覚障害者の権利を法制化し保護する政策が必要です。そのような政策があれば、社会福祉、教育、職業に関する政策分野でも効果が期待できます。しかし法律の数や力だけでは、代々受け継がれた慣習や文化を変えることはできません、長い時間と努力が必要です。立ち上がり、現実と立ち向かうことが、変化をもたらす力となるのです。努力を重ね、時間をかけ人々の考え方が変わったとき、社会全体が視覚障害者を受け入れることでしょう。
 視覚障害者が共生する社会は、視覚障害者がコミュニティーに溶け込んだときに本物になるでしょう。そのとき、視覚障害者はもはや社会という絵の自然な一部になっていることでしょう。