海外の部 WBU-NAC地域 ジュニア・グループ 佳作
「点字にチャレンジ」
アメリカ キアナ・ハーマン (17歳・女性)
 目が見えないことは障害であり、何もできないことだと思う人がいますが、実際はそうではありません。ルイ・ブライユのおかげで、課題を達成するという点においては、視覚障害者は晴眼者と同じだけの能力を持っています。
 点字の使い方を知っていれば、個人の自立する力に大きな違いを生むことができます。3年前に視力を失ってから、私はこのことを、身をもって学びました。今は、点字学習はおそらく私が今まで取り組んできたことなかで、最高のものだと実感しています。
 視力を失ったとき、どうすればまた優秀な学生に戻ることができるかわかりませんでした。視覚障害者にそんなことができるはずがないと思っていたのです。でも、点字を学び始めてすぐに、それは間違っていたことがわかりました。この読み書きの方法を使えば、一人で勉強ができるからです。これはやる気の問題で、そのときの私はやる気がありませんでした。学年が上がるにつれて何をするのもどんどんむずかしくなっていきました。学校だけでなく自宅でもそうでした。いつも誰かに横にいて読んでもらわなければいけなかったのです。しばらくするとそれにも疲れ、点字を勉強してみようと思いました。
 点字が読めるようになると、私の生活は大きく変わりました。何でも自分でできるようになり、母や学校での介助者に頼る必要がなくなりました。ノートを取ったり、読んだり、記入したりするように先生に言われても、何でも一人でできました。数学は誰にとってもむずかしい教科ですが、とりわけ数学の問題を目で見ることができない場合は、いっそうむずかしくなります。いつも誰かに問題を読んでもらって、自分が言ったことを書いてもらわなければなりません。
 でも点字数学記号を覚えると、数学の問題を解くのが簡単になりました。また、簡単にノートを取ったり同じ情報にアクセスしたりできるようになったので、先生やクラスメートについていくのも楽になりました。いつも誰かに横にいてもらって、何が書いてあるのか教えてもらったり、表や図について説明してもらったりする必要はなくなりました。点字で教材を読むだけでいいのです。
 自宅でも、いろいろなことが容易になりました。台所用品や食品容器のラベルに点字を使用することもできます。成人して自分で社会に出ていくときには、自立した生活をする能力が重要になります。ただ時間をかけて点字を学んだというだけで、私は多くの点で自立することができました。
 技術が普及した今では点字はもう必要ないという視覚障害者が多いのですが、それは違います。点字を知っていることは、学校だけでなく職場や日常生活においてもとても大事なことです。新しい建物にはみなドアの表示に点字が付いています。こうした点字を読むことができなければ、どうやって一人で旅行などできるでしょうか。点字は技術のバックアップとも考えられます。たとえば、自宅にいるときにパソコンが壊れたとしましょう。明日提出しなければならない宿題がたくさんあるのに、画面読み上げプログラムが入っているパソコンがあるところまで車で送ってくれる人はいません。そういうとき、どうしますか。
 点字が読めないというのは、船を漕ぐ櫂なしで川を上っていくようなものです。点字が読めたら、点字ライターを用意して課題をすればいいだけです。点字よりももっと早く課題を仕上げる方法は他にもありますが、点字ほど信頼はできません。誰かに助けを借りたくても、必ずしもみんなが近くにいるとは限りません。 完全な自立を望むのであれば、利用できるあらゆる手段を使える能力が必要です。
 点字は、視覚障害者に必要な手段の一つです。点字を使えれば生活はかなり容易になり、常に信頼できる情報を提供してくれます。
「自分でできる」か、あるいは「自分にはできない」かは、視覚障害者が点字を知っているかどうかで決まります。自立は自分で物事をすることによって獲得するものであり、たとえわずかであっても、点字を使いこなせることは大きな違いを生むことができるのです。
 最初はむずかしいかもしれませんが、最終的には努力に見合う価値を得られます。点字の発明がなければ、ヘレン・ケラーやレイ・チャールズのような人はいなかったでしょう。視覚障害者でも何でもできるのだということを障害者に示してくれる人がいなければ、希望も何もありません。
 点字は視覚障害者の自立への扉であり、大きすぎる夢などないということを示してくれるものです。視覚障害者でも何でもできます。しかも、すべて自分の力だけで。